朝日新聞を連日批判し続ける産経新聞。その「積年の恨み」は何も新聞紙面だけに限ったことではない。恵まれすぎた待遇と同業他社との大きな給与格差がもたらすいびつな感情とコンプレックスの実態。
■産経→朝日の転身は多数 しかしその逆は皆無
連日にわたり「朝日批判」を繰り広げる保守メディア。なかでも産経新聞と、同系列の夕刊フジ、『正論』(月刊誌)の勢いはいっこうに衰えない。
叩かれている側の朝日新聞販売関係者が語る。
「この1年で大きく部数を減らしている読売と朝日とは対照的に、産経新聞は部数を維持しており、業界全体が逆風におかれるなか、健闘しています。朝日批判を軸とした紙面構成は確実に販売面に貢献しているのではないでしょうか」
産経新聞が長らく主張してきた吉田証言の誤報、あるいは河野談話の欺瞞といった論陣がいま、やっと日の目をみているということを考えれば、しつこいくらいに朝日を攻撃するのも分からないではない。
「確かにいまの朝日批判キャンペーンは、販売対策的な意味合いが強いかもしれません」
とは現役の産経新聞記者が語る。
「ウチは2009年に早期退職制度を設定し、全国紙として初めて大掛かりなリストラを敢行した。経営状態はここ数年、良くありません。90年代の前半ころまではタクシー券もバンバン出ていたが、最近は食事をしたりビールを仕入れたりできる社員食堂の食券の配布もなくなって、経営悪化を実感していますよ。日々気にしているわけではないが激務を考えれば給料は安い気がしますし、正直に告白すれば朝日の待遇が羨ましいですよ」
別の産経記者も語る。
「去年、産経新聞が主催している将棋の棋戦『棋聖戦』を身売りするという話が出たんですよ。将棋の7つあるタイトルのうち、棋聖戦は一番序列が下で、賞金は300万円程度。朝日は毎日と共催で推定賞金3000万円の名人戦を主催しています。300万円でも厳しいのか、と一部で大きな話題になりました」
有価証券報告書によれば、産経新聞社の平均年収は43歳で741万円。世の民間企業全体を見れば、決して低い水準とは言えないが、朝日とは同年齢で600万円近い開きがある。
「同じ記者クラブで同じ仕事をしているのにこの開きはちょっとね……。いや、人数が少ない分、やることが多くてむしろ朝日より仕事は厳しいんですよ。もっとも、朝日のように人が多くて人材も揃っていると、自分の好きなことをやらせて貰えない。ある人にとってはそっちのほうがストレスかもしれないけど……ひとつ言えることは、かつて産経から朝日に転職した記者は大勢いますが、その逆はないです。それからいまはもう、朝日への転職者はほとんどいないですね」(同)
9月11日に朝日新聞が開いた記者会見。木村伊量社長の隣に座った喜園尚史・広報担当執行役員も、産経新聞出身だ。
「給与はともかく、取材の現場でも、朝日はいつどこでも黒塗りのクルマで駆けつけるし、タクシーなんかも平気で何時間も待たせるでしょう。もちろんウチにもクルマはありますが、台数が限られている。羨ましいですよね」(同)
会社の経営や待遇の問題を言い出せばキリがないのだが、産経記者が、朝日記者に対し、ある種の憤りと羨望というアンビバレンツな感情を抱いているのは確かなようだ。
■自衛隊員も研修する産経の「保守」ルーツ
産経新聞が保守・「正論」路線を確立したのは、フジサンケイグループの生みの親である水野成夫が1958年に実業家・前田久吉から産経新聞社を買収したところが起点となっている。
王者・朝日新聞とは対立する路線で差別化を図ってきたため、同じ新聞社とはいえどカラーの差は歴然としている。
「広く社会勉強をするという趣旨で、産経には自衛隊員が研修に来ていました。ええ、取材もして記者と同じように原稿も書きます。朝日だと、ちょっと受け入れは難しいかもしれませんね」(産経新聞OB)
産経新聞ではやはり、政治部の力が強く、幹部として出世するには「正論」路線の堅持が必須条件となっているようだ。
「いま朝日批判の急先鋒となっている阿比留瑠比編集委員のように、派手な発言をするタイプの記者は、社内の出世という点から見るとコースから外れていることが多い。しかし、産経グループでは月刊誌の『正論』編集部は媒体として高く評価されているので、そこの常連筆者になれば、一目置かれることはありますね」(前出の産経社員)
朝日新聞記者と比べ、腰が低く野心家が少ないと言われる産経新聞だが、新聞記者のプライドと矜持があることは、今回の「朝日批判キャンペーン」を見れば分かる。願わくばもう少し「待遇」が良くなれば……というのが現場記者の偽らざる本音だろう。
(『宝島』12月号より)
文/千葉哲也
■産経→朝日の転身は多数 しかしその逆は皆無
連日にわたり「朝日批判」を繰り広げる保守メディア。なかでも産経新聞と、同系列の夕刊フジ、『正論』(月刊誌)の勢いはいっこうに衰えない。
叩かれている側の朝日新聞販売関係者が語る。
「この1年で大きく部数を減らしている読売と朝日とは対照的に、産経新聞は部数を維持しており、業界全体が逆風におかれるなか、健闘しています。朝日批判を軸とした紙面構成は確実に販売面に貢献しているのではないでしょうか」
産経新聞が長らく主張してきた吉田証言の誤報、あるいは河野談話の欺瞞といった論陣がいま、やっと日の目をみているということを考えれば、しつこいくらいに朝日を攻撃するのも分からないではない。
「確かにいまの朝日批判キャンペーンは、販売対策的な意味合いが強いかもしれません」
とは現役の産経新聞記者が語る。
「ウチは2009年に早期退職制度を設定し、全国紙として初めて大掛かりなリストラを敢行した。経営状態はここ数年、良くありません。90年代の前半ころまではタクシー券もバンバン出ていたが、最近は食事をしたりビールを仕入れたりできる社員食堂の食券の配布もなくなって、経営悪化を実感していますよ。日々気にしているわけではないが激務を考えれば給料は安い気がしますし、正直に告白すれば朝日の待遇が羨ましいですよ」
別の産経記者も語る。
「去年、産経新聞が主催している将棋の棋戦『棋聖戦』を身売りするという話が出たんですよ。将棋の7つあるタイトルのうち、棋聖戦は一番序列が下で、賞金は300万円程度。朝日は毎日と共催で推定賞金3000万円の名人戦を主催しています。300万円でも厳しいのか、と一部で大きな話題になりました」
有価証券報告書によれば、産経新聞社の平均年収は43歳で741万円。世の民間企業全体を見れば、決して低い水準とは言えないが、朝日とは同年齢で600万円近い開きがある。
「同じ記者クラブで同じ仕事をしているのにこの開きはちょっとね……。いや、人数が少ない分、やることが多くてむしろ朝日より仕事は厳しいんですよ。もっとも、朝日のように人が多くて人材も揃っていると、自分の好きなことをやらせて貰えない。ある人にとってはそっちのほうがストレスかもしれないけど……ひとつ言えることは、かつて産経から朝日に転職した記者は大勢いますが、その逆はないです。それからいまはもう、朝日への転職者はほとんどいないですね」(同)
9月11日に朝日新聞が開いた記者会見。木村伊量社長の隣に座った喜園尚史・広報担当執行役員も、産経新聞出身だ。
「給与はともかく、取材の現場でも、朝日はいつどこでも黒塗りのクルマで駆けつけるし、タクシーなんかも平気で何時間も待たせるでしょう。もちろんウチにもクルマはありますが、台数が限られている。羨ましいですよね」(同)
会社の経営や待遇の問題を言い出せばキリがないのだが、産経記者が、朝日記者に対し、ある種の憤りと羨望というアンビバレンツな感情を抱いているのは確かなようだ。
■自衛隊員も研修する産経の「保守」ルーツ
産経新聞が保守・「正論」路線を確立したのは、フジサンケイグループの生みの親である水野成夫が1958年に実業家・前田久吉から産経新聞社を買収したところが起点となっている。
王者・朝日新聞とは対立する路線で差別化を図ってきたため、同じ新聞社とはいえどカラーの差は歴然としている。
「広く社会勉強をするという趣旨で、産経には自衛隊員が研修に来ていました。ええ、取材もして記者と同じように原稿も書きます。朝日だと、ちょっと受け入れは難しいかもしれませんね」(産経新聞OB)
産経新聞ではやはり、政治部の力が強く、幹部として出世するには「正論」路線の堅持が必須条件となっているようだ。
「いま朝日批判の急先鋒となっている阿比留瑠比編集委員のように、派手な発言をするタイプの記者は、社内の出世という点から見るとコースから外れていることが多い。しかし、産経グループでは月刊誌の『正論』編集部は媒体として高く評価されているので、そこの常連筆者になれば、一目置かれることはありますね」(前出の産経社員)
朝日新聞記者と比べ、腰が低く野心家が少ないと言われる産経新聞だが、新聞記者のプライドと矜持があることは、今回の「朝日批判キャンペーン」を見れば分かる。願わくばもう少し「待遇」が良くなれば……というのが現場記者の偽らざる本音だろう。
(『宝島』12月号より)
文/千葉哲也