2014年01月

秒速で1億円? ネオヒルズ族の頂点 「与沢翼」 に疑惑直撃120分!

 テレビから新聞まで、メディアにもてはやされてきた“時代の寵児”与沢翼(フリーエージェントスタイルホールディングス会長)。「常に現金で1億を持ち歩く」「年商50億で年収12億」……本当なのか? 本人を直撃してみることにした。

与沢翼1

■「秒速で1億稼ぐ男」「20代で年商50億、年収12億」
 ネオヒルズ族の代表格として、今や時代の寵児(ちょうじ)ともいわれる与沢翼氏(本名・與澤翼)。20代でネットビジネスに成功。六本木や広尾、麻布など都内一等地に高級マンションを持ち、フェラーリやベントレーなどの高級外車、自家用ヘリコプターまで“所有”するリッチぶりをテレビや週刊誌で披露してきた。
 与沢氏が一躍時の人となったのは、TBSのバラエティー番組『有吉ジャポン』(2012年7月13日放送)で取り上げられたのがきっかけだ。その後、1冊目の著書『秒速で1億円稼ぐ条件』(13年1月)を出版、「たった1人で5億円稼いだ!」などというコピーが躍った黄色い電車広告を見て「いったい何者?」と怪訝(けげん)に思った人も多かろう。
 テレビ番組では、「常に持ち歩いている」という1億円の現金や高級外車を見せびらかしてきた。この“金持ちアピール”が単なるネタならまだしも、与沢氏の場合は、『週刊ダイヤモンド』といった経済誌や『アエラ』『朝日新聞』などの媒体で気鋭の“実業家”としても扱われてきた。
 しかし、与沢氏が経営する会社の事業規模や金集めの手法について検証したメディアは皆無に近い。そもそも、本当に秒速で1億円を稼げるのか? 与沢氏本人に数々の疑惑を質(ただ)した。

■年商50億、年収12億はあくまでも「見込み」
 「秒速で1億を稼いだことはないですね。秒速で1億円稼ぐ条件っていうのは、フォレスト出版の太田社長が命名してくださった。秒速というのも、1秒でって書いてあるわけじゃないですし、比喩です。1秒で1億稼いでますと言っているわけではないです」
 与沢氏はあっさりと否定したが、与沢氏を取り上げた雑誌記事のほとんどが、不思議なことにこれを疑っていない。グループ企業11社の内実、年商50億、年収12億といった数字についても同様だ。
 そこで、与沢氏の事業を独自に調べてみると、実際には“誇張”“矛盾”があることがわかった。
 まず、グループ企業の実態を見てみよう。11社の概要は別表として掲載するが、これを見ると、グループ会社のほとんどが資本金300万〜1000万円程度の中小・零細企業である。与沢氏を紹介した『週刊ダイヤモンド』(12年10月号)は「グループ企業が11社」あると書いたが、当時はFAW社、HCM社、GIE社、AOM社、A社の5社は法人登記されていなく、会社の体をなしていない。
 また本誌の調べでは、「年商50億」はあくまでも見込みの数字で、実績を表した数字ではなかった。グループ会社のうち実際に決算を出したのは、中核企業のFASH社とA社の2社のみ。FASH社の13年8月期売上は15億円で、A社の売上は月に800万から1000万円程度だ。
「グループ全体で月に4億稼いだことがあって、それをもとに年商50億と言っていました。ただ、今ではそれが進行していって、実際にゴマブックスを含めたグループ会社で、50億近くは売り上げる見込みです」(与沢氏)
 テレビが取り上げてきた「年収12億」という数字も、一度月に1億円稼いだ時期があり、それを単に12カ月で掛けただけだ。最近ではFASH社から毎月5000万円、年間6億の役員報酬と、本の印税などを収益として計上しているYTH社から年間約1億円を受け取っているというが、12億円には満たない。ここにも誇張があった。
与沢翼2


■テレビ局の言う通りに演じてきただけ
 メディアが取り上げてきた富豪生活や大胆なビジネスも、実は単なる演出か、言いっ放しで終わっているものが多い。
 1億5000万円で購入すると言っていたヘリコプターは実際には買っていない。テレビでは1億円以上の現金を持ち歩いていると紹介されてきたが、実は取材のたびに銀行から引き出していた。 
「私は今までこちらから各局に、テレビ出演のオファーをしたことはありません。出演した際は、すでに台本が用意されていて、『ここで不敵な笑みを浮かべてください』とか局側のストーリー通りにしなければいけない。最近はそうした演出を控えようと思っていましたが、双葉社の『NEO HILLS Japan』(与沢氏責任編集の雑誌)の撮影では、すでに出版社側で札束が用意されていた」(与沢氏)
 もっとも、与沢氏が相応のカネを稼いできたのは事実だ。なぜ必要以上に「像」を膨らませるのか。それはセレブ生活を極端に演出し続けることこそ、与沢氏のビジネスの生命線であり続けてきたからだろう。

文/村上力  写真/中筋純

(全文は『月刊宝島』2014年2月号に掲載)

何故今大ヒット!?成功したい社会人は必読!5分でわかる「7つの習慣」

 成功には方法論がある。仕事、家庭、人間関係……すべてにおいて、「ここを変えればうまくいく」という“キモ”があるのだ。20世紀に最も影響を与えたとされるビジネス思想「7つの習慣」が今、再び注目を集めている。そのエッセンスを紹介しよう。

■世界的に超ヒットした成功へのアプローチ
「7つの習慣」は、リーダーシップ論の権威で世界的なビジネス思想家のアメリカ人、スティーブン・R・コヴィー(1932-2012年)が提唱した成功のための考え方や行動の指針。その著書はベルリンの壁が崩壊した1989年に発表されて以来、世界で3000万部超の販売を記録。今やビジネス思想書としては定番中の定番だ。
 日本では96年に訳書が刊行されたが、昨年秋、より読みやすく、原著に忠実に内容を訳し直した『完訳7つの習慣 人格主義の回復』が刊行され、再び注目を集めている。高年収のビジネスパーソンには常識ともいわれ、新社会人に勧めたい本として、必ず挙がる一冊でもある。その内容を駆け足で紹介しておこう。
 ちなみに、注意したいのは、「7つの習慣」で説く「成功」とは、決して地位や年収そのものを意味するのではないこと。成功とは、成長した人格(謙虚、勇気、正義、勤勉、節制など)を得ることであり、そうすれば結果はおのずとついてくる。ここに誤解があるせいで、くすぶっている人は実は多い。

7つの習慣1<写真>『まんがでわかる 7つの習慣』 ¥1050(宝島社刊)
世界で3000万部、日本国内で180万部を突破した自己啓発本の金字塔『7つの習慣』初のまんが化。バーテンダーを目指す主人公・歩が勤め始めたバー・セブン。そこへ訪れる人々の悩みと気づきが、「7つの習慣」の要点とリンクし、読み応えのある物語となっている。







■正しい習慣が人生を変える 
 人格はすぐに向上はしないので、日々の習慣で少しずつ修正していく必要がある。コヴィー博士によれば、習慣とは、|亮院覆覆蕊要か、何をするべきか)、▲好ル(どのようにするか)、0嬪漾塀慣にしたい、という思い)がそろって初めて身につく。ただ成功している人のマネを毎日続けても無意味だし、長続きしない。成功する人の振るまい方を身につけたければ、その意義をきちんと理解し、意識的に行動することが大切、というわけだ。
 「7つの習慣」の実践にあたっては、「物事は自分の見方次第で変わる」という考え方が非常に重要視されている。成功しない人の特徴に、失敗をすぐ人や環境のせいにするという思考パターンがある。だが、それは単に自分の都合のいいように物事(世界)を見ているだけだ。人が持っている自分なりの世界の見方を「パラダイム」という。パラダイムを持たない人はいない。
 物の見方(See)が間違っていると行動(Do)を間違え、結果(Get)も思わしくないものとなる。まず「See」を変えよう。小さな変化を望むのであれば、行動を変えればいいが、大きな変化を起こそうとするのであれば、物の見方(See)を変える必要がある。
 自分が変えられるのは自分の考え方や行動のみ。内面(インサイド)を変えることでしか、周囲の結果(アウトサイド)は変わらないのだ。この真理を「インサイド・アウト」という。
 では、どんな物の見方と行動が望ましいのか。それを教えるのが「7つの習慣」だ。

【第1の習慣】 主体的である ―すべてにおいて「選択」を意識する
【第2の習慣】 終わりを思い描くことから始める ―ゴールを明確にし「原則」で行動する
【第3の習慣】 最優先事項を優先する ―「緊急ではないが重要なこと」が一番大事
【第4の習慣】 Win-Winを考える ―双方に利のある道が本当の解決
【第5の習慣】 まず理解に徹し、そして理解される ―「話す」より「聴くこと」が人を動かす
【第6の習慣】 シナジーを創り出す ―両者が納得する「第3の案」を探す
【第7の習慣】 刃を研ぐ ―日々、心身を磨き続ける

(全文は『月刊宝島』2014年2月号に掲載)

7つの習慣2<写真>読みやすくなった完訳版で再注目されている。

ファミレス、居酒屋、コンビニのお菓子にまで…。日本にあふれかえる「フォアグラ」の奇怪

■たったワンコインでフォアグラ!?
「世界三大珍味」の一つに数えられるフォアグラ。高級食材とのイメージが強いが、13年の夏以降、高級レストランだけでなく、ファミリーレストランや居酒屋でも「激安価格」でメニュー提供が相次いでいる。
 ファミリーレストラン「ジョナサン」では、13年8月末から10月中旬にかけ、「フレンチフォアグラ&ハンバーグ」や「フレンチフォアグラ&ポテト」などを提供。それぞれ税込1039円、499円というリーズナブルな価格だった。よほど好評だったのか、12月には「フォアグラ&フィレステーキ トリュフソース」「フォアグラ&ハンバーグ トリュフソース」を提供している。「ココス」でも、年末年始に「フォアグラと牛フィレ肉のステーキ(バルサミコソース)」を復活販売した。
 さらに、「白木屋」「魚民」などの居酒屋チェーンを経営するモンテローザでも、13年6月から9月にかけ全国の店舗で「牛フィレステーキとフォアグラのロッシーニ トリュフソースがけ」を税込1029円で提供し、話題を集めた。またコンビニでは、フォアグラペーストを用いたポテトチップスまで販売されている。
 フォアグラには、アヒルのフォアグラとガチョウのフォアグラの2種類がある。財務省の貿易統計によると、輸入元はフランスとハンガリーの2カ国のみで、アヒルはフランス産が、ガチョウはハンガリー産が大半を占める。12年度の輸入量はアヒルのフォアグラが121.5t、ガチョウのフォアグラが75.9t。12年度前期と13年度前期の輸入量を比較すると、アヒルの輸入量は14%増(ガチョウはほぼ横ばい)となっている。

フォアグラ1<写真> “強制給餌動画”がネットで波紋を呼ぶも、大半の日本人は「問題なし」?





■「残酷な強制給餌は禁止」が時代の潮流
 一方、ネットでは「フォアグラの作り方」を記録した動画が大きな波紋を呼んでいる。アヒルやガチョウに餌を強制的に過剰摂取させ、人工的に肝臓を肥大化させ脂肪肝としたものがフォアグラだ。その生産過程を目の当たりにし、「残酷だ」とショックを受けるネットユーザーも少なくない。
 現に海外では、動物愛護の観点から「フォアグラ禁止」の動きが相次いでいる。米カリフォルニア州では12年7月以降、フォアグラの生産・販売・提供を法律で禁止。フランスではこれに対抗してカリフォルニアワインの供給停止を呼びかける動きが起こるなど、大騒動となった。また、08年には英国のチャールズ皇太子が自邸でのフォアグラ使用を禁止。13年10月には、英国のAmazonがフォアグラの販売を中止するなど、世界的な広がりを見せている。ドイツ、イタリア等、強制給餌を禁じる国も多い。
 流通業界に詳しいジャーナリストは、こう話す。
「売り場を失いつつあるフォアグラですが、その受け皿として期待されているのはアジアです。中国で12年に予定されていた大規模なフォアグラ農場の設置計画は、愛護団体等の反対活動を受け中止となりましたが、比較的抵抗感の少ない日本や中国に売り込みをかける動きは今後も続くと思います」
 なぜか日本でばかり広がるフォアグラ食。生産の実態が、あまり知られていないからなのだろうか。

フォアグラ2<写真>各国の動物愛護団体が、フォアグラの生産・販売禁止を呼びかけている。フランスに本拠を置き、日本語サイトを用意する団体も。また、植物性の「フォアグラもどき」を勧める団体もある。

リアル「釣りキチ三平」! 自腹で世界31カ国をめぐる、東北大学院卒の“怪魚ハンター”

大学に入学してから始まった“怪魚”との格闘。大学院を卒業しても“テーマ”は変わらなかった。怪魚を求めて今年で10年。訪れた国は31。700日を海外の水辺で過ごしてきた男の青春期。

 大学に入学し、“怪魚”を求めて世界を旅するようになってから、今年でちょうど10年になる。これまでに31カ国を訪れ、およそ700日を海外の水辺で過ごしてきた。
 僕がおもに興味を惹かれるのは、“怪魚”と呼ばれる淡水の巨大魚だ。海の大物釣りには、あまり興味がない。たとえトローリング(曳き釣り)で何百キロのカジキを釣ろうが、それは操船した船長のエモノであって、釣り人(自分)の手柄ではないと考えるからだ。
 ひとり水辺に立ち、そこに潜む“ヌシ”と対峙(たいじ)したい。そいつを抱きしめたとき、“勝った”と思える。それは、いち生物(ホモサピエンス)の♂として、エモノを得たときの本能的な“勝った”であり、また一方で、現代人(日本人)として、押し付けられてくるナニカに対しての“勝った”なのである。
 いつの頃からか、“怪魚ハンター”と呼ばれるようになった。社会人になって以来3年、収入の100%を、“怪魚”にまつわること(原稿料、講演料、自社ブランドの釣竿販売等)で得て生き延びている。よく誤解されるが、スポンサーはいないし、どこか芸能事務所に所属しているわけでもない。2013年は、海外に10回釣行し、1年の3分の1を海外で過ごした。“社長兼雑用”でなければ、こうはいかなかっただろう。
 大学院を卒業後、東京の小さなアウトドア系出版社で、釣り雑誌のライターとして働いた。「東北大の大学院まで出て……」という声も、なくはなかった。時間的自由を確保する(旅を続ける)ためには、あらゆることを自分で“やるしかなかった”。
 その経験の結果として、親の病気をキッカケに地元・富山にUターンしなければならなくなったとき、東京のライター業はそのままに、自分ひとりの小さな会社を起業することができた。世界基準のスケールで見たとき、富山と東京なんて隣町みたいなもの。ネットが発達した現代社会ならなおさら。であれば「住むのは物価の安いほう(田舎)がいい」とあっさり移住した。田舎には面白い若者は少なかった。ローカル局は、僕を待っていた(笑)。世間では“ノマド”や“ダブルローカル”などのライフスタイルが注目され始めた。ちょうどその頃だったと思う。NHKがダイオウイカで高視聴率をとり、直後からあらゆる依頼が急増した。そのうちの一つが『情熱大陸』という番組だった。放送後あらゆる依頼が、激増した。
 すべては旅を続けるため、その結果だ。やりたいことに情熱を持って取り組むとき、人間っていうのは受け身のときの何倍も力が出て、あらゆるラッキーを引き寄せて、そしてその良い連鎖はつながっていく―――それが、僕が怪魚釣りから教わった事だ。
「こんな“怪魚ハンター”なんかで食えるんだ〜。人生なるようになる。気がする(笑)」
 そんな他人事のような気楽さが、今の僕にある。そして今、「それが『人生で必要なこと』なのかもしれない」と思った。

(特別寄稿/小塚拓矢)

怪魚1究極の怪魚、ムベンガ。「世界最大のピラニア」という表現がわかりやすいだろう。その異形ゆえ、テレビでは“殺人魚”として扱われることもあるが、現地でそんな情報はない。日本を発って53日目、ついに手にする。心労で9キロ痩せた(コンゴ、2009年)
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