長らく「天才」の名をほしいままにしてきた松本人志だが、出演番組の視聴率は低迷、監督映画は大コケと近年は不調気味。加齢による衰えを補おうとしているかのようなマッチョ化は、中年男にとっては他人事ではない。肉体改造の背景をなす心理について、精神科医の香山リカさんに訊いた。 (構成/編集部)
<写真>失ったものを埋めるために肉体を鍛える中年男性は多いという。さしもの天才もトシには勝てない?(写真/アフロ)
■40代〜50代は微妙な年代 自信の揺らぎは当然
ダウンタウンはとても面白かったですね。吉本という非常に堅固な組織がある関西のお笑い界に、師匠を持たずに登場した二人は、秩序や権威の内側からの破壊者というイメージ。ビートたけしさんやとんねるず、爆笑問題は東京だし、知性や学校文化といったバックボーンを持っていましたけど、彼らにはそういうものもなく、破れかぶれの攻撃みたいなところがあって。かといって世をすねて屈折している感じでもなくかわいらしい面もあり、女性にも人気がありました。
ただ、ある程度の年齢になってくると、破壊する対象もいなくなってくるし、逆に自分たちが上になってしまう。さほどマーケティング的なことをしなくても、みんながどんなことにおかしみを感じるかを直感し、自然にやれるのが松本さんのすごいところだと思っていましたが、最近はさすがに世間との乖離(かいり)も感じますね。そこで自信の揺らぎが生じている、ということはあるかもしれません。
40代〜50代というのは微妙な年代なんです。だんだん世間の動きに疎くなってくるんですが、もっと上の大御所みたいに腹をくくることはできない。まだ今のトレンドもある程度わかるし、わかるはずだという気持ちもある。かといって若いときのようにつかみきれてもいないわけです。年をとって、蓄えも十分あり、結婚して子供がいるのだから、当然といえば当然なんですが。
■視聴率から体脂肪率へ 数字的成果に依存する
松本さんはかなり熱心に体を鍛えているそうですが、三島由紀夫を見てもわかるように、筋肉というのは男性にとって一種の鎧(よろい)なんです。何かを隠そうとしているというか、弱さの裏返しとも言えます。女性がダイエットをしてどんどん細くなるのと似て、中年になって体を鍛えたり走ったりする中年男性は多いです。手を出しやすいし、やればやっただけ結果が出るから。努力と成果がきちんと対応している。
テレビの世界には視聴率や年収といった明快な物差しがありますよね。映画監督なら観客動員数とか興行収入とか。そこが厳しくなってくると、それに代わるわかりやすい自信の証(あかし)がほしくなる。
言いたいこと言うんや、やりたいことやるんや、わからんやつはアホや、とかつては思っていたかもしれないけど、それがウケたことによって、知らない間に矜持(きょうじ)が数字に置き換わっていったのかもしれませんね。その世界で生きてきた人だから、努力と成果が確実に一致する行動に熱中することで「オレはまだまだいける」的な自信を保持しようとしているのかも。
<写真>かやま・りか……1960年北海道生まれ。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。東京医科大学卒業。豊富な臨床経験を生かして、現代人の心の問題を中心にさまざまなメディアで発言を続けている。専門は精神病理学。
(記事の全文は『月刊宝島』2014年2月号に掲載)
<写真>失ったものを埋めるために肉体を鍛える中年男性は多いという。さしもの天才もトシには勝てない?(写真/アフロ)
■40代〜50代は微妙な年代 自信の揺らぎは当然
ダウンタウンはとても面白かったですね。吉本という非常に堅固な組織がある関西のお笑い界に、師匠を持たずに登場した二人は、秩序や権威の内側からの破壊者というイメージ。ビートたけしさんやとんねるず、爆笑問題は東京だし、知性や学校文化といったバックボーンを持っていましたけど、彼らにはそういうものもなく、破れかぶれの攻撃みたいなところがあって。かといって世をすねて屈折している感じでもなくかわいらしい面もあり、女性にも人気がありました。
ただ、ある程度の年齢になってくると、破壊する対象もいなくなってくるし、逆に自分たちが上になってしまう。さほどマーケティング的なことをしなくても、みんながどんなことにおかしみを感じるかを直感し、自然にやれるのが松本さんのすごいところだと思っていましたが、最近はさすがに世間との乖離(かいり)も感じますね。そこで自信の揺らぎが生じている、ということはあるかもしれません。
40代〜50代というのは微妙な年代なんです。だんだん世間の動きに疎くなってくるんですが、もっと上の大御所みたいに腹をくくることはできない。まだ今のトレンドもある程度わかるし、わかるはずだという気持ちもある。かといって若いときのようにつかみきれてもいないわけです。年をとって、蓄えも十分あり、結婚して子供がいるのだから、当然といえば当然なんですが。
■視聴率から体脂肪率へ 数字的成果に依存する
松本さんはかなり熱心に体を鍛えているそうですが、三島由紀夫を見てもわかるように、筋肉というのは男性にとって一種の鎧(よろい)なんです。何かを隠そうとしているというか、弱さの裏返しとも言えます。女性がダイエットをしてどんどん細くなるのと似て、中年になって体を鍛えたり走ったりする中年男性は多いです。手を出しやすいし、やればやっただけ結果が出るから。努力と成果がきちんと対応している。
テレビの世界には視聴率や年収といった明快な物差しがありますよね。映画監督なら観客動員数とか興行収入とか。そこが厳しくなってくると、それに代わるわかりやすい自信の証(あかし)がほしくなる。
言いたいこと言うんや、やりたいことやるんや、わからんやつはアホや、とかつては思っていたかもしれないけど、それがウケたことによって、知らない間に矜持(きょうじ)が数字に置き換わっていったのかもしれませんね。その世界で生きてきた人だから、努力と成果が確実に一致する行動に熱中することで「オレはまだまだいける」的な自信を保持しようとしているのかも。
<写真>かやま・りか……1960年北海道生まれ。立教大学現代心理学部映像身体学科教授。東京医科大学卒業。豊富な臨床経験を生かして、現代人の心の問題を中心にさまざまなメディアで発言を続けている。専門は精神病理学。
(記事の全文は『月刊宝島』2014年2月号に掲載)