好き好んで失敗を犯す人間はいない。誰だって必ず失敗する。プロ野球で賞賛される
「３割バッター」も７割は失敗しているのだ。そう、「失敗」をいかにして次に生すことができるか、
で評価は大きく変わるといえる。もちろん簡単ではない。だから失敗を生かして大成功した
先人に学ぼうではないか。
■そこまできている養殖マグロ産業化
日本人がもっとも好む魚といえばマグロだ。ところが数年前から、そのマグロがもう
食べられなくなるという話題があちこちで出てくるようになった。絶滅の恐れのある世界の
野生動植物の取引を規制する「ワシントン条約」で大西洋クロマグロを対象とする動きが
どんどん強くなっているからだ。このままではマグロが鯨の二の舞になる−だが、そんな
日本人すべてに共通する心配を杞憂（きゆう）に終わらせる可能性が、32年にもわたった
失敗の連続の末にいまや実用化へと向け、大きく動き出している。それがマグロの完全養殖だ。
１９７０年に動き出したこのプロジェクトは32年後の２００２年に成功。04年にはついに
初出荷、08年には生き餌しか食べないとされていたクロマグロ用の配合飼料開発成功と、
いまや産業化が現実となろうとしている。
もちろんこれまでも人の手が関わったマグロはあった。だが、稚魚を捕獲して養殖した
蓄養マグロではなく、完全養殖マグロは養殖施設生まれの親マグロの卵から人工孵化（ふか）
させて育て上げたもの。これで天然資源に一切手をつけずマグロを食料とすることができる
ようになる。まさに家畜ならぬ家魚なのだ。
このプロジェクトに成功したのは近畿大学水産研究所（近大水研）。ただし、それは失敗に
継ぐ失敗で積み重ねられてきた経験の結果であった。
■マグロの幼魚は触るだけで腐る魚
水産資源の完全養殖では先駆者といえるのがこの近大水研だった。最初にマグロ完全養殖に
着手した１９７０年当時でも、すでに真鯛、ハマチを代表に、多魚種の完全養殖を成功させて
いたのである。だが、マグロは違った。
完全養殖には、まず天然の幼魚を捕らえて成体にまで育て上げなければならない。
ところがなんとその実現までに９年もの時間が必要となった。
マグロの幼魚ヨコワは、漁師が「人が手でつかむと指の跡から腐ってくる」というほど弱いもの
だった。その皮膚の弱さと水中の酸素不足への弱さ、台風による被害などで全滅を繰り返した。
その間に、当初水産庁のプロジェクトで始まった試験期間は終了し、研究費補助がなくなった。
近大水研はすべて自前での研究継続を強（し）いられる。それでも、自然相手の商売でもっとも
大切であり一番辛（つら）いという「待つこと」と「諦めないこと」を熟知していた近大水研は
一歩一歩確実に研究を進めていく。その成果が目に見える形となったのが79年だった。
74年に捕獲したヨコワが５年間を経て、当初の体長23〜27�僂�ら１・５〜２ｍへ、体重でも
もっとも大きなものでは１００�垓瓩�にまで成長していた。その74年級マグロが産卵したのだった。
■幾度も訪れる危機と克服した末の成功
しかし、実はそれも新たな失敗の始まりでしかなかった。採取した卵から孵化させることは
できたものの、それまで育てたどんな魚より脆弱（ぜいじゃく）だったというマグロの仔魚たちは、
産卵がなかった81年を挟んで３年分が全滅。しかもそれから11年間にわたって卵を産むのを
やめてしまったのである。
しかし、この11年間も近大水研はヨコワを捕らえ生簀（いけす）で育てることをやめなかった。
そして12年目の94年、再びマグロが産卵を始めたのである。
ところが、またしても孵化後20日を経て仔魚が親の体型に近づき稚魚と呼ばれるようにまで
成長したときに、さらなる問題が発生。大きな稚魚が小さなものを捕獲して食物としてしまう共食い
だった。これを、大きさの選別という気の遠くなるような作業で切り抜け、やっとのことで沖出しに
こぎ着ける。これは６�僂曚匹砲覆辰臣婬�たちを陸上水槽から海上の生簀へと移す作業だ。
そこで発生したのは大量死。なんと光に敏感な稚魚たちは夜の間に海岸を走るクルマの
ヘッドライトに仰天して暴走、生簀の囲いに突進したあげく、なんと脊せき椎ついを砕いて
しまう激突死を繰り返していたのだ。
寒冷紗シートで光を防ぎ、激突死を減らすために用意した正八角形の生簀を武器に、
ようやく97年には17尾を体重20�堊宛紊砲泙農�長させることに成功した。
これが完全人工生産によって生まれた世界で初めてのクロマグロの成魚だった。
だが、96年時点で採取した95万個の卵から沖出しにまで育てられた稚魚は３８００尾程度、
それが１カ月後には４分の１にまで減り、若魚にまでなったのは35尾に過ぎなかった。
産業化にはほど遠い数字。
しかしマグロとのつきあいはとにかく気を長く持つことという境地にまで達していた近大水研は、
その倍の歳月をかけて研究開始から32年目の６月、ついに生簀で孵化して生魚にまで育った
マグロの産卵にまでこぎ着け、今日に至った。いまや成魚への成長率も次第に高まり、
ついにマグロの家魚化が視野に入ってきた。あきらめない挑戦が成功を生んだ好例だった。
取材・文／オフィス三銃士
＜海上の生簀には立派に成長した完全養殖マグロが！＞
「３割バッター」も７割は失敗しているのだ。そう、「失敗」をいかにして次に生すことができるか、
で評価は大きく変わるといえる。もちろん簡単ではない。だから失敗を生かして大成功した
先人に学ぼうではないか。
■そこまできている養殖マグロ産業化
日本人がもっとも好む魚といえばマグロだ。ところが数年前から、そのマグロがもう
食べられなくなるという話題があちこちで出てくるようになった。絶滅の恐れのある世界の
野生動植物の取引を規制する「ワシントン条約」で大西洋クロマグロを対象とする動きが
どんどん強くなっているからだ。このままではマグロが鯨の二の舞になる−だが、そんな
日本人すべてに共通する心配を杞憂（きゆう）に終わらせる可能性が、32年にもわたった
失敗の連続の末にいまや実用化へと向け、大きく動き出している。それがマグロの完全養殖だ。
１９７０年に動き出したこのプロジェクトは32年後の２００２年に成功。04年にはついに
初出荷、08年には生き餌しか食べないとされていたクロマグロ用の配合飼料開発成功と、
いまや産業化が現実となろうとしている。
もちろんこれまでも人の手が関わったマグロはあった。だが、稚魚を捕獲して養殖した
蓄養マグロではなく、完全養殖マグロは養殖施設生まれの親マグロの卵から人工孵化（ふか）
させて育て上げたもの。これで天然資源に一切手をつけずマグロを食料とすることができる
ようになる。まさに家畜ならぬ家魚なのだ。
このプロジェクトに成功したのは近畿大学水産研究所（近大水研）。ただし、それは失敗に
継ぐ失敗で積み重ねられてきた経験の結果であった。
■マグロの幼魚は触るだけで腐る魚
水産資源の完全養殖では先駆者といえるのがこの近大水研だった。最初にマグロ完全養殖に
着手した１９７０年当時でも、すでに真鯛、ハマチを代表に、多魚種の完全養殖を成功させて
いたのである。だが、マグロは違った。
完全養殖には、まず天然の幼魚を捕らえて成体にまで育て上げなければならない。
ところがなんとその実現までに９年もの時間が必要となった。
マグロの幼魚ヨコワは、漁師が「人が手でつかむと指の跡から腐ってくる」というほど弱いもの
だった。その皮膚の弱さと水中の酸素不足への弱さ、台風による被害などで全滅を繰り返した。
その間に、当初水産庁のプロジェクトで始まった試験期間は終了し、研究費補助がなくなった。
近大水研はすべて自前での研究継続を強（し）いられる。それでも、自然相手の商売でもっとも
大切であり一番辛（つら）いという「待つこと」と「諦めないこと」を熟知していた近大水研は
一歩一歩確実に研究を進めていく。その成果が目に見える形となったのが79年だった。
74年に捕獲したヨコワが５年間を経て、当初の体長23〜27�僂�ら１・５〜２ｍへ、体重でも
もっとも大きなものでは１００�垓瓩�にまで成長していた。その74年級マグロが産卵したのだった。
■幾度も訪れる危機と克服した末の成功
しかし、実はそれも新たな失敗の始まりでしかなかった。採取した卵から孵化させることは
できたものの、それまで育てたどんな魚より脆弱（ぜいじゃく）だったというマグロの仔魚たちは、
産卵がなかった81年を挟んで３年分が全滅。しかもそれから11年間にわたって卵を産むのを
やめてしまったのである。
しかし、この11年間も近大水研はヨコワを捕らえ生簀（いけす）で育てることをやめなかった。
そして12年目の94年、再びマグロが産卵を始めたのである。
ところが、またしても孵化後20日を経て仔魚が親の体型に近づき稚魚と呼ばれるようにまで
成長したときに、さらなる問題が発生。大きな稚魚が小さなものを捕獲して食物としてしまう共食い
だった。これを、大きさの選別という気の遠くなるような作業で切り抜け、やっとのことで沖出しに
こぎ着ける。これは６�僂曚匹砲覆辰臣婬�たちを陸上水槽から海上の生簀へと移す作業だ。
そこで発生したのは大量死。なんと光に敏感な稚魚たちは夜の間に海岸を走るクルマの
ヘッドライトに仰天して暴走、生簀の囲いに突進したあげく、なんと脊せき椎ついを砕いて
しまう激突死を繰り返していたのだ。
寒冷紗シートで光を防ぎ、激突死を減らすために用意した正八角形の生簀を武器に、
ようやく97年には17尾を体重20�堊宛紊砲泙農�長させることに成功した。
これが完全人工生産によって生まれた世界で初めてのクロマグロの成魚だった。
だが、96年時点で採取した95万個の卵から沖出しにまで育てられた稚魚は３８００尾程度、
それが１カ月後には４分の１にまで減り、若魚にまでなったのは35尾に過ぎなかった。
産業化にはほど遠い数字。
しかしマグロとのつきあいはとにかく気を長く持つことという境地にまで達していた近大水研は、
その倍の歳月をかけて研究開始から32年目の６月、ついに生簀で孵化して生魚にまで育った
マグロの産卵にまでこぎ着け、今日に至った。いまや成魚への成長率も次第に高まり、
ついにマグロの家魚化が視野に入ってきた。あきらめない挑戦が成功を生んだ好例だった。
取材・文／オフィス三銃士
＜海上の生簀には立派に成長した完全養殖マグロが！＞
