問題の「温井メモ」を極秘裏に入手&鑑定! “偽造私文書等行使罪”に触れる可能性も!!
百田尚樹の『殉愛』につきまとう最大の疑惑「たかじんメモ」の真贋。
取材班はついに偽造の決定的証拠に辿り着いた。
偽造と知って使ったなら刑法第161条『偽造私文書等行使罪』に抵触する。
小説家の百田尚樹(59歳)が、歌手でタレントのやしきたかじん(2014年1月3日に食道ガンで死去)と、その三番目の妻・家鋪さくら(33歳。以下、さくら)との、741日にわたる“闘病記”を綴った『殉愛』(幻冬舎)──。
昨年11月に出版され、すでに累計32万部を売り上げたというこの「純愛ノンフィクション」は、発売直後から、その内容を巡って、たかじんの長女から名誉棄損で提訴(14年11月21日)されるなど、様々な騒動を巻き起こしてきた。
そして遂に今月23日、その『殉愛』に書かれた数多の嘘とデタラメを暴く検証本『百田尚樹「殉愛」の真実』(宝島社刊、以下『真実』)が上梓された。
『真実』は、たかじんの評伝『ゆめいらんかね やしきたかじん伝』(小学館)の著者・角岡伸彦氏が長編原稿を寄せ、そこにたかじんの実弟・家鋪渡氏や、たかじんの前妻ら、『殉愛』に虚偽の事実を書かれ、貶められた関係者の告発手記やインタビューなどが加わり、百田が〈すべて真実である〉とした記述を徹底検証しているものだ。私も執筆陣の一人に名を連ねているが、その『真実』の主力部隊は、複数のノンフィクションライターや週刊誌記者らで構成された「宝島『殉愛騒動』取材班」だった。
そしてその取材班が、『殉愛』に散りばめられた数々の虚偽や、ネットを騒がせた「重婚疑惑」(さくらがたかじんと結婚した際、イタリア人男性とも婚姻関係にあったのではないかとされる問題)など、同書に関係する様々な疑惑の中でも、その解明に力を入れた一つが、生前のたかじんが書き残したとされる、いわゆる「たかじんメモ」の偽造疑惑だった。
百田によると、たかじんは生前、1000枚に及ぶ大量のメモを書き残しており、当然ながら、百田もさくらも、「メモはすべて、たかじん本人が書き残したもの」として様々な場面で紹介していた。
ところが『殉愛』や、同書発売に合わせて放映された「中居正広の金曜日のスマたちへ 2時間SP やしきたかじん」(TBS系列、14年11月7日放映)で、これらのメモの一部が紹介されると、その直後からネット上で、多くの人々から「たかじん本人が書いたものではないのではないか?」とする疑問の声が挙がっていた。
これに対し百田は、『週刊新潮』(同年12月18日号)を使って“検証”させ、〈つまり、ネットを騒がせている「重婚疑惑」と「メモ偽造疑惑」はいずれも事実でなかった〉と結論づけさせた。が、実はこの新潮記事の筆跡鑑定に関する部分は、「探偵Watch」なる情報サイトが依頼した鑑定結果をなぞっただけの、お粗末なシロモノだった。
同サイトは14年11月に「専門家」に鑑定を依頼。その結果「たかじん氏の直筆である」という結論を出した。この結果には、「メモ偽造疑惑」が噴出した当初、〈素人が筆跡鑑定で大騒ぎして、アホらしすぎて話にならない〉とツイートしていた百田も、〈プロの鑑定結果は心強いです〉、〈実は科捜研のプロもまったく同じ意見でした。何も知らない素人が偉そうに何を言ってるのかと言う気持ちでした〉と大はしゃぎしていた。
が、そもそも筆跡鑑定について報じる場合、その客観性・信憑性を担保するため、まず初めに「どのようなサンプルを鑑定に提出したのか」を明示するのはイロハの「イ」だ。しかし、前述のサイトにも、その結果をなぞった『新潮』にも、具体的にどのようなサンプルを鑑定に提出したか、明示されておらず、実際には何の証明にもなっていない。
そして、「偽造ではないか」と疑われている数あるメモの中でも、その内容が最も問題視されていたのが、前述の「金スマ」でも紹介された「温井メモ」(後述、Bサンプルの写真参照)だった。
<写真>
全国の裁判所から「選任鑑定人」として指定される「東京筆跡印鑑鑑定所」。PCのソフトを駆使して文字を拡大、書き文字の癖を読み取っていく
■裁判所から依頼を受ける鑑定事務所の見解
たかじんの遺産は約10億〜12億円とされるが、彼は遺言書の中で、そのうち3億円を大阪市に、2億円を彼が生前「キャプテン」を務めていたボランティア団体「OSAKAあかるクラブ」(以下、あかるクラブ)に、そして1億円を彼の母校である桃山学院高等学校(以下、桃山学院)にと、計6億円を寄付する──としていた。
そして前述の「温井メモ」の「温井」とは、たかじんの桃山学院時代の同級生で、同校の校長でもある温井史朗氏のことだ。つまりこのメモは生前のたかじんが、温井校長に宛てて書いたものだというのである。
メモの細かい内容ついては別掲の写真を見ていただくとして、驚くべきことに、たかじんはこのメモの中で、桃山学院に〈寄付受口になってもらい〉、いったん同校に寄付するものの、さくらの生活が困るようならその寄付金を、彼女に〈戻してやってほしい〉としているのだ。さらにはその金を〈かくしもつことも考えたが〉、国税当局に摘発されるのを恐れ、さくらに金を還流させるための迂回先として、桃山学院を使わせてほしいと言っているのである。
写真を見ていただいてもお分かりの通り、取材班は今回、さくらに極めて近い筋から「温井メモ」のコピーを極秘裏に入手。これをもとに今年1月末、筆跡鑑定の専門家に鑑定を依頼したのだ。
まず取材班が、比較対象のサンプルとして明示するのは、間違いなくたかじん本人が書いたものとして裏付けが取れている2枚の「真筆」だ。
一つは「2004/5/20」の日付とサインが入った「ファンクラブの皆様へ」と題された文。当時、たかじんはファンクラブの会報に毎回、自筆のメッセージを寄せていたのだが、この一文は、そのファンクラブを解散することになり、最後の挨拶として会報に掲載するために書かれたものである。
もう一つは、取材班がたかじんの親族から提供を受けた「信用保証委託契約書」と「『保証協会団信』加入意思確認書」。彼が代表取締役を務めていた個人事務所「P.I.S」が不動産を購入した際、大阪市信用保証協会(現大阪信用保証協会)に09年9月7日付で提出したものだ。ここに書かれた住所と「家鋪隆仁」という署名も、たかじん本人の直筆だ。
そしてこの「真筆」と、「温井メモ」とを比較するわけである。
取材班が今回、鑑定を依頼したのは「東京筆跡印鑑鑑定所」代表で筆跡鑑定士のかわのかずよし氏。伝統的な鑑定方法に加え、コンピュータに取り込んだ文字を拡大して比較する“スーパーインポーズ”などの技法も駆使して鑑定を行なっている。
かわの氏は、全国の裁判所から選任依頼を受けており、これまで数多くの刑事・民事事件の鑑定も手がけてきた。裁判所からの選任依頼という高い信頼性を認められている鑑定事務所は、日本全国でも10カ所ほどしか存在しないという。
本稿では便宜上、たかじんの真筆であることが確認されている、ファンクラブ用に書かれた文字を「Aサンプル(1)」、契約書及び確認書のサインを「Aサンプル(2)」、温井メモの文字を「Bサンプル」と呼ぶことにする。
「Aサンプル(1)」としたファンクラブの文章が書かれたのは04年、「(2)」の契約書は09年、対して「Bサンプル」の温井メモは13年と、書かれた時期には最大9年の開きがある。かわの氏によると「筋肉の衰えなどで姿勢が変わり、筆圧も違ってくるため、経年によって文字が変化する可能性はあるが、その人特有の文字のクセは、どうやっても残るもの」だという。
かわの氏が真っ先に指摘したのはメモ全体のバランスだった。
「Aサンプル(1)は、字のひとつひとつは決して綺麗なわけではないが、文字の大きさや間隔も一定で、全体として見れば非常にバランスがいい。これは文章を書き馴れている人の字。一方、Bサンプルは文字の大きさもバラバラで、全体的に“重たい”というか、力が入っているように見える。考えながら書いているようなペース配分です」
さらに共通する文字を比較してもらう。まずは本名の「家鋪隆仁」だ。
「Aサンプル(1)(2)を書いた人はかなりクセが強い。『仁』の『にんべん』をここまで省略する人はそうはいない。他にも筆遣いで特徴的なのは、本来は止めるような部分でもハネるクセがあること。たとえば『隆』の『こざとへん』の最後をこんなふうにキュッとハネる字はなかなか珍しい。
対するBサンプルですが、確かに似ている部分はある。たとえば『家』の最初の1画の入り方なんかは似ているし、特徴的な『鋪』の『甫』の真ん中を通る線の最後のハネもある。
しかし、実はよく見ると、このハネの部分がAサンプルと全く違う。『甫』のハネを拡大して見ると、明らかに一度、筆が止まって、その後にハネていることが分かる。これは後から書き足している可能性が高い。
『甫』でもうひとつ指摘すると、真ん中の縦線と2本の横線のバランス。Aサンプル(2)は真ん中から右寄りのバランスだが、Bサンプルは逆の左寄りになっている。『隆』の『こざとへん』のハネかたもAとBでは明らかに違う。『仁』のにんべん、まあ、この違いは見れば分かりますよね(笑)」
署名だけで、これだけの違いが指摘されたわけだが、さらにAサンプルとBサンプルから「自分」「生」「事」「気持ち」「り」「の」などの共通する文字をピックアップして比較してもらった。
「それぞれ違っているが、Aサンプル(1)は、やっぱりどの文字も、本来ならトメる部分でハネている。なかでもハッキリと分かるのが『自分』の字で、『自』の3画や『分』の2画のハライは明らか。『自』の3画の右肩上がりの角度も独特。対してBサンプルの『自分』はそれぞれがきっちり止まっているし、中の2本の横棒も違う。
もう一つ決定的なことを言えば、二つのサンプルを比べると、明らかに『自』の2画の書き順が違う。Aサンプル(1)は通常の書き順だが、Bサンプルはかなり特殊。2画目の縦線を書いた流れでそのまま一番下の横線を書いている。つまりは書き順を間違っている」
■「温井メモ」は別人の文字と判断するのが妥当
さらに、かわの氏が書き順に注目したのは、日付に書かれた「数字」だ。
「数字もかなりクセが強く出ますが、この両サンプルでも違いがはっきり出ている。特徴的なのが『0(ゼロ)』。Aサンプル(1)は、下側から入って時計回りにグルンと曲線を描いている。対してBサンプルは、Aサンプルとは書き順が逆。右斜め上から入って反時計回りに書いている。しかもまん丸のAサンプルに対して、Bサンプルは三角形に見えるほどの角ができている。他の「2」や「3」といった数字も、明らかに最初の筆の入る角度が違っている。Aサンプルは下からクッと入っているが、Bサンプルは横からスッと入っている」
そしてもう一つ、意外な点からも違いが見えてくるという。
「筆跡鑑定では文字ばかりに目がいきがちですが、他にも注目すべき部分がある。たとえば句読点も人によって特徴が出る部分で、キッチリとした『。』のAサンプル(1)に対して、Bサンプルはピリオドのような点になっている。このサンプルで言えば、日付の書き方も違っている。Aサンプル(1)は「2004/5/20」とスラッシュで区切っているが、Bサンプルは「2013. 12. 23」とドット。こうした部分は普段から無意識に書いているため、自分でもなかなか気付かない部分なんです」
ここまでくれば結論は明らかだろう。
「AサンプルとBサンプルの文字は同一とはいえません。別人の文字だと判断するのが妥当でしょう。他の鑑定士が見ても結果は変わらないと思いますよ」
それだけではない。かわの氏は最後にこんな指摘を付け加えてくれた。
「AサンプルとBサンプルは違う人間の字であるにもかかわらず、全体的には似ている感じもする。これはBサンプルを書いた人間が、Aサンプルの文字を見たことがある、あるいはよく知っていて、そのマネをして書いたのではないか。私にはそういう文字に見えます」
■メモを偽造と断定するこれが決定的な証拠!
だが、取材班は何も、この鑑定結果だけを根拠に、温井メモが偽造、いや、捏造されたものと断定しているわけではない。取材班がこのメモを捏造されたもの──と断じるに至った決定的な証拠をお示ししよう。
たかじんは亡くなる直前、前述の彼の個人事務所「P.I.S」の顧問弁護士だったY氏を「遺言執行者」に指名するのだが、たかじんの死後、その遺産の扱いをめぐってY弁護士とさくらとの間に対立が生じる。この両者の確執については、『真実』で詳述しているのでそちらに譲るが、14年3月10日にはさくらが、Y弁護士の「遺言執行者解任」を大阪家裁に申立て、最終的にY弁護士は、やしきたかじんの遺言執行者を自ら辞任する。
ところが、この家裁の審判の中で、Y弁護士から提出された、生前のたかじんとのやりとりなどを記した陳述書に、極めて興味深い記述が残されていたのだ。
13年12月29日午後、東京・聖路加国際病院の病室にY弁護士を呼び出したたかじんは、彼に遺贈の意向を伝える。そして前述のとおり大阪市に3億円、あかるクラブに2億円を寄付する意向を伝えた後、その他の寄付先についてこう語るのである。
〈日本盲導犬協会の大阪支部《あくまで大阪であること》に1億円寄付する、かつてABCのディレクターで一緒に仕事をしていたM氏がやっている親のいない子供たちのための施設のA学園に1億円寄付する〉(Y弁護士の陳述書より。原文では実名。以下同)
つまりこの時点で、たかじんの頭の中には寄付先に「桃山学院」の名前はなかった。桃山学院が寄付先として登場するのは翌30日。29日深夜にY弁護士が遺贈先の現状をネット検索したところ、M氏が11年4月にA学園を退任していたこと、日本盲導犬協会には大阪支部がないことが判明した。
そして翌30日、たかじんの病室を再び訪れたY弁護士が、前述の結果をたかじんに伝えると、〈たかじんさんは、A学園と盲導犬協会の寄付はやめると仰り、それに代えて、自分がお世話になった母校の桃山学院高校に1億円寄付するとのことでした〉と、ここで初めて、〈桃山学院〉の名前が出てくるのである。
そこでもう一度、「温井メモ」の、「家鋪隆仁」の署名の上に記された日付を見ていただきたい。
〈2013. 12. 23〉
寄付先に桃山学院の名前がのぼる、1週間前の日付である。
このメモが実際にたかじん本人が書いたものだとすれば、だ。彼は23日の時点で、自らの頭にもなかった寄付先に、〈寄付受口になって〉もらうようお願いし、さらには、さくらの生活が困るようならその1億円を、彼女に〈戻してやってほしい〉と依頼していることになる。どう考えてもあり得ない話だろう。
これらの根拠に基づき、取材班はこの「温井メモ」が何者かによって捏造されたものと断定する。だからと言って、さくらが「生前のたかじんが書いた」と、まるでイタコのように持ち出してくるメモのすべてが「偽造、あるいは捏造されたもの」と言うわけではない。
が、驚くべきことに、さくらはこの「温井メモ」を『殉愛』の宣伝材料として前述の「金スマ」に提供しただけではなく、実際に温井校長に示して、桃山学院に遺贈されるはずの1億円の寄付金を回収しようとしていたのだ。
■元特捜検事が「刑事告訴を検討する余地あり」
このさくらによる桃山学院や、あかるクラブに対する「寄付金回収工作」の実態についても『真実』を読んでいただきたいが、桃山学院理事会関係者によると、さくらは14年2月5日と8日の2日にわたって、温井校長に接触。8日には桃山学院の校長室でこの「温井メモ」を見せ、(1億円の)寄付を『放棄して欲しい』と温井校長にお願いした」(関係者)というのである。
ところが、このメモをさくらから見せられた温井校長は一読して、それが、たかじん本人が書いたものではないと見破り、さくらの目論みは水泡に帰すのだが、この「温井メモ」について、特捜検事出身の弁護士はこう語る。
「ある文書を偽造した行為が、『私文書偽造等罪』(刑法第159条)を構成するか否かは、その文書が持つ性質、つまり『権利、義務に関する文書』であるか、あるいは『事実証明に関する文書』であるかが問われる。その観点から、この文書(温井メモ)を検討すると、署にある『家鋪隆仁』という人物が生前、〈桃山に寄付受口になってもらい、さくらの生活にかかってきそうなら、戻してやってほしい〉という意思を持っていたという、『内心的事実』があったことを『証明』する性質を持つ文書であると解釈できる。
さらにこの文書が私文書偽造等罪を構成するとすれば、この文書が偽造されたものと知りながら他人に示した者は『偽造私文書等行使罪』(刑法第161条)に問われる可能性がある。当局が実際に受理するか否かは別として、充分に(刑事)告訴、告発を検討する余地のある文書でしょう」
取材班は『真実』の出版に際し、本書の取材の過程で明らかになったすべての事実関係を家鋪さくら、百田尚樹の両氏に確認すべく、取材を申し込んだが、両氏とも取材には応じてはくれなかった。
「殉愛騒動」はもはや、単なる「騒動」では収まらず、刑事事件に発展する様相を呈してきた。
(一部敬称略)
取材・文/西岡研介┼宝島「殉愛騒動」取材班
(『宝島』2015年4月号より)
2月23日に発売となった『殉愛』の検証本。
全編にわたる事実誤認や故やしきたかじんの相続問題にまつわる疑惑を徹底追及している
百田尚樹の『殉愛』につきまとう最大の疑惑「たかじんメモ」の真贋。
取材班はついに偽造の決定的証拠に辿り着いた。
偽造と知って使ったなら刑法第161条『偽造私文書等行使罪』に抵触する。
小説家の百田尚樹(59歳)が、歌手でタレントのやしきたかじん(2014年1月3日に食道ガンで死去)と、その三番目の妻・家鋪さくら(33歳。以下、さくら)との、741日にわたる“闘病記”を綴った『殉愛』(幻冬舎)──。
昨年11月に出版され、すでに累計32万部を売り上げたというこの「純愛ノンフィクション」は、発売直後から、その内容を巡って、たかじんの長女から名誉棄損で提訴(14年11月21日)されるなど、様々な騒動を巻き起こしてきた。
そして遂に今月23日、その『殉愛』に書かれた数多の嘘とデタラメを暴く検証本『百田尚樹「殉愛」の真実』(宝島社刊、以下『真実』)が上梓された。
『真実』は、たかじんの評伝『ゆめいらんかね やしきたかじん伝』(小学館)の著者・角岡伸彦氏が長編原稿を寄せ、そこにたかじんの実弟・家鋪渡氏や、たかじんの前妻ら、『殉愛』に虚偽の事実を書かれ、貶められた関係者の告発手記やインタビューなどが加わり、百田が〈すべて真実である〉とした記述を徹底検証しているものだ。私も執筆陣の一人に名を連ねているが、その『真実』の主力部隊は、複数のノンフィクションライターや週刊誌記者らで構成された「宝島『殉愛騒動』取材班」だった。
そしてその取材班が、『殉愛』に散りばめられた数々の虚偽や、ネットを騒がせた「重婚疑惑」(さくらがたかじんと結婚した際、イタリア人男性とも婚姻関係にあったのではないかとされる問題)など、同書に関係する様々な疑惑の中でも、その解明に力を入れた一つが、生前のたかじんが書き残したとされる、いわゆる「たかじんメモ」の偽造疑惑だった。
百田によると、たかじんは生前、1000枚に及ぶ大量のメモを書き残しており、当然ながら、百田もさくらも、「メモはすべて、たかじん本人が書き残したもの」として様々な場面で紹介していた。
ところが『殉愛』や、同書発売に合わせて放映された「中居正広の金曜日のスマたちへ 2時間SP やしきたかじん」(TBS系列、14年11月7日放映)で、これらのメモの一部が紹介されると、その直後からネット上で、多くの人々から「たかじん本人が書いたものではないのではないか?」とする疑問の声が挙がっていた。
これに対し百田は、『週刊新潮』(同年12月18日号)を使って“検証”させ、〈つまり、ネットを騒がせている「重婚疑惑」と「メモ偽造疑惑」はいずれも事実でなかった〉と結論づけさせた。が、実はこの新潮記事の筆跡鑑定に関する部分は、「探偵Watch」なる情報サイトが依頼した鑑定結果をなぞっただけの、お粗末なシロモノだった。
同サイトは14年11月に「専門家」に鑑定を依頼。その結果「たかじん氏の直筆である」という結論を出した。この結果には、「メモ偽造疑惑」が噴出した当初、〈素人が筆跡鑑定で大騒ぎして、アホらしすぎて話にならない〉とツイートしていた百田も、〈プロの鑑定結果は心強いです〉、〈実は科捜研のプロもまったく同じ意見でした。何も知らない素人が偉そうに何を言ってるのかと言う気持ちでした〉と大はしゃぎしていた。
が、そもそも筆跡鑑定について報じる場合、その客観性・信憑性を担保するため、まず初めに「どのようなサンプルを鑑定に提出したのか」を明示するのはイロハの「イ」だ。しかし、前述のサイトにも、その結果をなぞった『新潮』にも、具体的にどのようなサンプルを鑑定に提出したか、明示されておらず、実際には何の証明にもなっていない。
そして、「偽造ではないか」と疑われている数あるメモの中でも、その内容が最も問題視されていたのが、前述の「金スマ」でも紹介された「温井メモ」(後述、Bサンプルの写真参照)だった。
<写真>
全国の裁判所から「選任鑑定人」として指定される「東京筆跡印鑑鑑定所」。PCのソフトを駆使して文字を拡大、書き文字の癖を読み取っていく
■裁判所から依頼を受ける鑑定事務所の見解
たかじんの遺産は約10億〜12億円とされるが、彼は遺言書の中で、そのうち3億円を大阪市に、2億円を彼が生前「キャプテン」を務めていたボランティア団体「OSAKAあかるクラブ」(以下、あかるクラブ)に、そして1億円を彼の母校である桃山学院高等学校(以下、桃山学院)にと、計6億円を寄付する──としていた。
そして前述の「温井メモ」の「温井」とは、たかじんの桃山学院時代の同級生で、同校の校長でもある温井史朗氏のことだ。つまりこのメモは生前のたかじんが、温井校長に宛てて書いたものだというのである。
メモの細かい内容ついては別掲の写真を見ていただくとして、驚くべきことに、たかじんはこのメモの中で、桃山学院に〈寄付受口になってもらい〉、いったん同校に寄付するものの、さくらの生活が困るようならその寄付金を、彼女に〈戻してやってほしい〉としているのだ。さらにはその金を〈かくしもつことも考えたが〉、国税当局に摘発されるのを恐れ、さくらに金を還流させるための迂回先として、桃山学院を使わせてほしいと言っているのである。
写真を見ていただいてもお分かりの通り、取材班は今回、さくらに極めて近い筋から「温井メモ」のコピーを極秘裏に入手。これをもとに今年1月末、筆跡鑑定の専門家に鑑定を依頼したのだ。
まず取材班が、比較対象のサンプルとして明示するのは、間違いなくたかじん本人が書いたものとして裏付けが取れている2枚の「真筆」だ。
一つは「2004/5/20」の日付とサインが入った「ファンクラブの皆様へ」と題された文。当時、たかじんはファンクラブの会報に毎回、自筆のメッセージを寄せていたのだが、この一文は、そのファンクラブを解散することになり、最後の挨拶として会報に掲載するために書かれたものである。
もう一つは、取材班がたかじんの親族から提供を受けた「信用保証委託契約書」と「『保証協会団信』加入意思確認書」。彼が代表取締役を務めていた個人事務所「P.I.S」が不動産を購入した際、大阪市信用保証協会(現大阪信用保証協会)に09年9月7日付で提出したものだ。ここに書かれた住所と「家鋪隆仁」という署名も、たかじん本人の直筆だ。
そしてこの「真筆」と、「温井メモ」とを比較するわけである。
取材班が今回、鑑定を依頼したのは「東京筆跡印鑑鑑定所」代表で筆跡鑑定士のかわのかずよし氏。伝統的な鑑定方法に加え、コンピュータに取り込んだ文字を拡大して比較する“スーパーインポーズ”などの技法も駆使して鑑定を行なっている。
かわの氏は、全国の裁判所から選任依頼を受けており、これまで数多くの刑事・民事事件の鑑定も手がけてきた。裁判所からの選任依頼という高い信頼性を認められている鑑定事務所は、日本全国でも10カ所ほどしか存在しないという。
本稿では便宜上、たかじんの真筆であることが確認されている、ファンクラブ用に書かれた文字を「Aサンプル(1)」、契約書及び確認書のサインを「Aサンプル(2)」、温井メモの文字を「Bサンプル」と呼ぶことにする。
「Aサンプル(1)」としたファンクラブの文章が書かれたのは04年、「(2)」の契約書は09年、対して「Bサンプル」の温井メモは13年と、書かれた時期には最大9年の開きがある。かわの氏によると「筋肉の衰えなどで姿勢が変わり、筆圧も違ってくるため、経年によって文字が変化する可能性はあるが、その人特有の文字のクセは、どうやっても残るもの」だという。
かわの氏が真っ先に指摘したのはメモ全体のバランスだった。
「Aサンプル(1)は、字のひとつひとつは決して綺麗なわけではないが、文字の大きさや間隔も一定で、全体として見れば非常にバランスがいい。これは文章を書き馴れている人の字。一方、Bサンプルは文字の大きさもバラバラで、全体的に“重たい”というか、力が入っているように見える。考えながら書いているようなペース配分です」
さらに共通する文字を比較してもらう。まずは本名の「家鋪隆仁」だ。
「Aサンプル(1)(2)を書いた人はかなりクセが強い。『仁』の『にんべん』をここまで省略する人はそうはいない。他にも筆遣いで特徴的なのは、本来は止めるような部分でもハネるクセがあること。たとえば『隆』の『こざとへん』の最後をこんなふうにキュッとハネる字はなかなか珍しい。
対するBサンプルですが、確かに似ている部分はある。たとえば『家』の最初の1画の入り方なんかは似ているし、特徴的な『鋪』の『甫』の真ん中を通る線の最後のハネもある。
しかし、実はよく見ると、このハネの部分がAサンプルと全く違う。『甫』のハネを拡大して見ると、明らかに一度、筆が止まって、その後にハネていることが分かる。これは後から書き足している可能性が高い。
『甫』でもうひとつ指摘すると、真ん中の縦線と2本の横線のバランス。Aサンプル(2)は真ん中から右寄りのバランスだが、Bサンプルは逆の左寄りになっている。『隆』の『こざとへん』のハネかたもAとBでは明らかに違う。『仁』のにんべん、まあ、この違いは見れば分かりますよね(笑)」
署名だけで、これだけの違いが指摘されたわけだが、さらにAサンプルとBサンプルから「自分」「生」「事」「気持ち」「り」「の」などの共通する文字をピックアップして比較してもらった。
「それぞれ違っているが、Aサンプル(1)は、やっぱりどの文字も、本来ならトメる部分でハネている。なかでもハッキリと分かるのが『自分』の字で、『自』の3画や『分』の2画のハライは明らか。『自』の3画の右肩上がりの角度も独特。対してBサンプルの『自分』はそれぞれがきっちり止まっているし、中の2本の横棒も違う。
もう一つ決定的なことを言えば、二つのサンプルを比べると、明らかに『自』の2画の書き順が違う。Aサンプル(1)は通常の書き順だが、Bサンプルはかなり特殊。2画目の縦線を書いた流れでそのまま一番下の横線を書いている。つまりは書き順を間違っている」
■「温井メモ」は別人の文字と判断するのが妥当
さらに、かわの氏が書き順に注目したのは、日付に書かれた「数字」だ。
「数字もかなりクセが強く出ますが、この両サンプルでも違いがはっきり出ている。特徴的なのが『0(ゼロ)』。Aサンプル(1)は、下側から入って時計回りにグルンと曲線を描いている。対してBサンプルは、Aサンプルとは書き順が逆。右斜め上から入って反時計回りに書いている。しかもまん丸のAサンプルに対して、Bサンプルは三角形に見えるほどの角ができている。他の「2」や「3」といった数字も、明らかに最初の筆の入る角度が違っている。Aサンプルは下からクッと入っているが、Bサンプルは横からスッと入っている」
そしてもう一つ、意外な点からも違いが見えてくるという。
「筆跡鑑定では文字ばかりに目がいきがちですが、他にも注目すべき部分がある。たとえば句読点も人によって特徴が出る部分で、キッチリとした『。』のAサンプル(1)に対して、Bサンプルはピリオドのような点になっている。このサンプルで言えば、日付の書き方も違っている。Aサンプル(1)は「2004/5/20」とスラッシュで区切っているが、Bサンプルは「2013. 12. 23」とドット。こうした部分は普段から無意識に書いているため、自分でもなかなか気付かない部分なんです」
ここまでくれば結論は明らかだろう。
「AサンプルとBサンプルの文字は同一とはいえません。別人の文字だと判断するのが妥当でしょう。他の鑑定士が見ても結果は変わらないと思いますよ」
それだけではない。かわの氏は最後にこんな指摘を付け加えてくれた。
「AサンプルとBサンプルは違う人間の字であるにもかかわらず、全体的には似ている感じもする。これはBサンプルを書いた人間が、Aサンプルの文字を見たことがある、あるいはよく知っていて、そのマネをして書いたのではないか。私にはそういう文字に見えます」
■メモを偽造と断定するこれが決定的な証拠!
だが、取材班は何も、この鑑定結果だけを根拠に、温井メモが偽造、いや、捏造されたものと断定しているわけではない。取材班がこのメモを捏造されたもの──と断じるに至った決定的な証拠をお示ししよう。
たかじんは亡くなる直前、前述の彼の個人事務所「P.I.S」の顧問弁護士だったY氏を「遺言執行者」に指名するのだが、たかじんの死後、その遺産の扱いをめぐってY弁護士とさくらとの間に対立が生じる。この両者の確執については、『真実』で詳述しているのでそちらに譲るが、14年3月10日にはさくらが、Y弁護士の「遺言執行者解任」を大阪家裁に申立て、最終的にY弁護士は、やしきたかじんの遺言執行者を自ら辞任する。
ところが、この家裁の審判の中で、Y弁護士から提出された、生前のたかじんとのやりとりなどを記した陳述書に、極めて興味深い記述が残されていたのだ。
13年12月29日午後、東京・聖路加国際病院の病室にY弁護士を呼び出したたかじんは、彼に遺贈の意向を伝える。そして前述のとおり大阪市に3億円、あかるクラブに2億円を寄付する意向を伝えた後、その他の寄付先についてこう語るのである。
〈日本盲導犬協会の大阪支部《あくまで大阪であること》に1億円寄付する、かつてABCのディレクターで一緒に仕事をしていたM氏がやっている親のいない子供たちのための施設のA学園に1億円寄付する〉(Y弁護士の陳述書より。原文では実名。以下同)
つまりこの時点で、たかじんの頭の中には寄付先に「桃山学院」の名前はなかった。桃山学院が寄付先として登場するのは翌30日。29日深夜にY弁護士が遺贈先の現状をネット検索したところ、M氏が11年4月にA学園を退任していたこと、日本盲導犬協会には大阪支部がないことが判明した。
そして翌30日、たかじんの病室を再び訪れたY弁護士が、前述の結果をたかじんに伝えると、〈たかじんさんは、A学園と盲導犬協会の寄付はやめると仰り、それに代えて、自分がお世話になった母校の桃山学院高校に1億円寄付するとのことでした〉と、ここで初めて、〈桃山学院〉の名前が出てくるのである。
そこでもう一度、「温井メモ」の、「家鋪隆仁」の署名の上に記された日付を見ていただきたい。
〈2013. 12. 23〉
寄付先に桃山学院の名前がのぼる、1週間前の日付である。
このメモが実際にたかじん本人が書いたものだとすれば、だ。彼は23日の時点で、自らの頭にもなかった寄付先に、〈寄付受口になって〉もらうようお願いし、さらには、さくらの生活が困るようならその1億円を、彼女に〈戻してやってほしい〉と依頼していることになる。どう考えてもあり得ない話だろう。
これらの根拠に基づき、取材班はこの「温井メモ」が何者かによって捏造されたものと断定する。だからと言って、さくらが「生前のたかじんが書いた」と、まるでイタコのように持ち出してくるメモのすべてが「偽造、あるいは捏造されたもの」と言うわけではない。
が、驚くべきことに、さくらはこの「温井メモ」を『殉愛』の宣伝材料として前述の「金スマ」に提供しただけではなく、実際に温井校長に示して、桃山学院に遺贈されるはずの1億円の寄付金を回収しようとしていたのだ。
■元特捜検事が「刑事告訴を検討する余地あり」
このさくらによる桃山学院や、あかるクラブに対する「寄付金回収工作」の実態についても『真実』を読んでいただきたいが、桃山学院理事会関係者によると、さくらは14年2月5日と8日の2日にわたって、温井校長に接触。8日には桃山学院の校長室でこの「温井メモ」を見せ、(1億円の)寄付を『放棄して欲しい』と温井校長にお願いした」(関係者)というのである。
ところが、このメモをさくらから見せられた温井校長は一読して、それが、たかじん本人が書いたものではないと見破り、さくらの目論みは水泡に帰すのだが、この「温井メモ」について、特捜検事出身の弁護士はこう語る。
「ある文書を偽造した行為が、『私文書偽造等罪』(刑法第159条)を構成するか否かは、その文書が持つ性質、つまり『権利、義務に関する文書』であるか、あるいは『事実証明に関する文書』であるかが問われる。その観点から、この文書(温井メモ)を検討すると、署にある『家鋪隆仁』という人物が生前、〈桃山に寄付受口になってもらい、さくらの生活にかかってきそうなら、戻してやってほしい〉という意思を持っていたという、『内心的事実』があったことを『証明』する性質を持つ文書であると解釈できる。
さらにこの文書が私文書偽造等罪を構成するとすれば、この文書が偽造されたものと知りながら他人に示した者は『偽造私文書等行使罪』(刑法第161条)に問われる可能性がある。当局が実際に受理するか否かは別として、充分に(刑事)告訴、告発を検討する余地のある文書でしょう」
取材班は『真実』の出版に際し、本書の取材の過程で明らかになったすべての事実関係を家鋪さくら、百田尚樹の両氏に確認すべく、取材を申し込んだが、両氏とも取材には応じてはくれなかった。
「殉愛騒動」はもはや、単なる「騒動」では収まらず、刑事事件に発展する様相を呈してきた。
(一部敬称略)
取材・文/西岡研介┼宝島「殉愛騒動」取材班
(『宝島』2015年4月号より)
2月23日に発売となった『殉愛』の検証本。
全編にわたる事実誤認や故やしきたかじんの相続問題にまつわる疑惑を徹底追及している