2014年2月に起きた「2ちゃんねる」のお家騒動。創設者でありサイトの“象徴”でもあったひろゆき氏が「追放」されたのである。乗っ取った人物の「正体」については「元アメリカ軍所属」という経歴も相まって、さまざまな憶測が流れているのだが……。唯一インタビューに成功した記者がその「正体」を徹底分析する。

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「2ちゃんねる」の現管理人、ジム・ワトキンス氏







 2014年の2月19日、コンピュータデータ代金(サーバ代)の支払いを巡る問題をきっかけに、大手掲示板「2ちゃんねる」においてクーデターが勃発。創設者である「ひろゆき」こと西村博之氏が、サーバーの管理を委託していた米国企業「レースクイーン社」からアクセスをシャットアウトされ追放されたのだ。
「2ちゃんねる」を乗っ取ったレースクイーン社の代表であるジム・ワトキンス氏は「元アメリカ軍人」。その経歴から、ネット界隈では各種の噂が広まった。曰(いわ)く「ワトキンス氏は米軍かCIAの秘密工作員で、日本最大の掲示板を乗っ取り、米国によるネット支配を企んでいるのではないか」といった一種の陰謀論などである。
 しかし、ワトキンス氏「占領後」の「2ちゃんねる」では、彼に対して好意的な書き込みが目立った。その一因として考えられるのは、「2ちゃんねる」では過去の書き込みログが有料会員でないと見られないなどの「制限」があったのだが、ワトキンス氏が管理人になって以降、その制限がなくなったからだ。
 また、ワトキンス氏の人柄もある。ツイッターでの問いかけにはすぐさま物腰低く対応し、毎朝行うヨガの練習をYouTubeで流している愛嬌溢れる人物だからである。
 しかし彼は、裁判はすべて無視、賠償金を一銭も払わず「2ちゃんねる」を10年以上にわたって抜け目なく運営してきた、あの西村博之氏を追放した策士であるということを忘れてはいけない。

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ワトキンス氏が「2ちゃんねる」乗っ取り後に掲載した経緯



■高校を出てアラスカへ 漁師になった後に陸軍に入隊
 ワトキンス氏は今や、日本ネット界の最重要人物の一人である。しかし、その「正体」は判然としていない。乗っ取りの背景や管理人としての考え方を直接ヒアリングする必要があると筆者は考えた。
 意外に思われるかもしれないが、これまでワトキンス氏のインタビューが日本で報道されたことは一度もなかった。そこで筆者はこの11月、「2ちゃんねる」や彼のツイッターアカウント、メールなどを通してインタビュー取材を申し出た。意外にもすんなりとOKが出て、筆者が運営するニュースサイト「エコーニュース」に計3回に分けてロングインタビューを掲載するに至った。ワトキンス氏はフィリピンに在住しているため、インタビューはもっぱらメール、ツイッターを通して行われた。
 ワトキンス氏によれば、彼は1963年にアメリカ西海岸のワシントン州に生まれ、「小さい頃から祖父の書棚で本に親しみ、10代にはペーパーボーイ(新聞報道)や農園の手伝いをした。母と祖父はボーイング社に勤務」なのだという。そして、米軍に入った経緯については以下のように語った。
「高校を出てもすぐには大学へ入らずアラスカまで行って、やってみたかった漁師になることにした。ただ漁師は過酷な仕事のためワンシーズンで辞めることになった。だからもう少し楽な仕事に就きたいと思って陸軍に入った」
 そして米軍でコンピュータの正式な訓練を受けたという(ただ、今回のインタビューでは具体的にどんな任務に従事したかなどは質問していない。警戒され途中でインタビューがストップしてしまっては困るからだ。なるべく彼の生い立ちの話などから入り、どういう行動原理で動いているかなど、その素性の「傍証」を探ることにした)。
 なるべく無難なことを聞いたのだが、いくつか興味深い点があった。

■韓国最大のIT企業を相手に「訴えたらサイバー攻撃をする」
 まず「武力への信仰」とも言える傾向がある点だ。尊敬する人物を尋ねると「ペルシャのキュロス大王、ユリウス・カエサル、東郷平八郎、ジョシュア・チェンバレン、エディ・リッケンバッカー」を挙げたのだが、すべて軍人なのである。彼は現在ビジネスマンだが、価値観の根底には軍人への憧憬が見てとれる。
 次に、彼によればインタビュー取材に来た共同通信の記者を撮影し、YouTubeにアップしたという。動画を撮ってネットにさらす──この手の行為は通常「ドキシング」と呼ばれて典型的な嫌がらせ行為の一つである。それを取材記者に対してやるというのは、ワトキンス氏に「マスコミへ不信」のようなものがあるのではないと思われた。
 また、彼の発言でもっとも興味深い点は「2ちゃんねる」の転載について生じている、LINE社との権利問題についての見解だ。LINE社が提供する「まとめサイト」はいずれも「2ch.sc」(西村博之氏がオリジナルの2ch.netの書き込みを毎日コピーしているサイト)からの転載を続けており、ワトキンス氏はLINE社に訴訟をちらつかせている。一方でひろゆき氏(LINE社の親会社であるNAVER日本法人の役職に就いていた)も自分自身が「2ch.net」の所有者であると主張して、ワトキンス氏らに協力するボランティアには、民事・刑事の両方で法的手段をとることを今年4月1日に宣言している。
 LINE社は韓国最大のIT企業であるNAVER社の100%子会社。そしてこのNAVER社は、韓国政府年金基金が株式の8%を保有しており、さらに創業者が韓国諜報部のシステム開発者であるなど、密接に韓国政府との結びつきがある“特別な企業”だ。
 この「2ちゃんねる」とLINE─NAVERとの紛争についてワトキンス氏に尋ねたところ、返ってきたのは思いもよらぬ答えだった。「彼らが私を訴えたら、私はサイバー攻撃で対抗します。うちにはそれをやるだけのプログラマーがいるのです」というのだ。そして、「それがわかっているから彼らが私を訴えることもないだろう」とも答えた。

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「ひろゆき」こと西村博之氏は現在、「2ch.sc」を運営しつつ「2ch.net」の所有者だと主張し続けている








■アメリカ消滅後の大陸を舞台にした小説を執筆中
 冷静にこの発言を読むと「法的手段には、犯罪行為であるハッキングで報復する」というやや普通ではない見解の持ち主のように見える。しかも相手は韓国政府とも近い巨大IT企業であるNAVER社とその子会社であるLINE社だ。それらに訴訟を思いとどまらせるだけのハッキングを行える組織は、筆者の見立てでは一握りしかない。たとえばアメリカ国防総省の諜報部門「NSA」(国家安全保障局)などである。
 とはいえ、ハッキングで反撃できるという発言は、もしかすると「ブラフ」かもしれない。しかし、彼の発言と「2ちゃんねる奪取」という日本インターネット史上、“最大のクーデター”を訳もなく行えた、その実行力から考えると、彼はアメリカ軍でインテリジェンス系の部門にいた、もしくはいる人間ではないだろうか。法律よりも実力行使が優越するという考え方は、完全に諜報機関のそれだろう。
 だが、彼が米国政府に忠実な人間なのかというと、筆者にはそうとは思えない。政府に忠義を尽くすには余りにも独立心が強すぎるのだ。彼によれば「今小説を書いていて、それはアメリカ合衆国消滅後のアメリカ大陸が舞台」だと言う。
 またNSAを裏切り、アメリカの傍受プログラムを大量に暴露したエドワード・スノーデン氏のことも擁護している。そして尊敬するユリウス・カエサルとキュロス大王は、いずれも反乱、または内戦を経て新しい体制を構築した人物だ。こうした点からワトキンス氏が米軍、もしくはCIAの工作員ということは考えにくい。
 彼が「2ちゃんねる」を利用してどのようなヴィジョンを描いているのか。筆者は今後もウオッチングしていくつもりである。

文/江藤貴紀(エコーニュース編集長)


<軍事のプロが分析する「ワトキンス=工作員」の可能性>
 ワトキンス氏自身が語ったところによると、彼は高校卒業後、短期間の漁師経験を経てアメリカ陸軍に入隊。除隊後に米国内で基地の敷地を整備する会社を経営している。その後、基地近くのカフェやゴーゴーバーのオーナーとなったが、経営に失敗して転職。その後の経緯は不明だが、フィリピンを拠点にITビジネスに乗り出して成功したということである。
 この経歴自体が虚偽のカバーストーリーであれば話は別だが、事実であれば、アメリカ国内で基地整備の会社や飲食店を経営することは、工作員の偽装としてはほとんど意味がない。それらに身分偽装しても、日常的に接触して内部情報にアクセスできるのは、あくまで米軍だからである。
 それよりも重要なのは、その後、彼はどういう経緯でITビジネスに参入し、成功していったかという過程だが、このインタビューではそこまでは詳しく触れられていない。その質問にあえて話を避けたのであれば、そこに何らかの秘密があるのかもしれない。
 また、同インタビューで注目されるのは、彼が「NSA」の元契約スタッフで、NSAによる盗聴やネット監視を告発したスノーデン氏を擁護していることだ。
 ワトキンス氏はスノーデン氏の行為を賞賛しているが、アメリカ政府も軍も、スノーデン氏の暴露によって多大な損害を被っている。そんな人物を賞賛し、その行為を扇動するような発言は、仮にワトキンス氏が現在も米軍やCIAのために働いているとしたら、まず出てこないはずだ。また、ワトキンス氏は、自分が陸軍にいたときにアメリカが嘘をついているのを知ったとも証言しているが、この発言も偽装工作員らしくないものと言える。
 そうした点からは、彼は米軍やCIAとは無関係であることが推測できる。ただし、それ自体が偽装工作の一環である可能性もあり、断言することはできないが。


文/黒井文太郎(軍事ジャーナリスト)
(『宝島』2015年2月号より)