「記事取り消し」や「社長引責辞任」の不祥事で揺れる朝日新聞社。新社長の就任で、膿は出し尽くされたのか。そこで同社の「原発事故」報道を検証したところ、続々と問題記事が見つかった。真っ先に取り消されるべきは、こちらの記事ではないのか?

■福島で赤ちゃんを産み育てるのは「安全」という記事
「誤りは自ら速(すみ)やかに正(ただ)す新聞社だと評価していただける日まで、体を張ってやり抜く覚悟だ」
 2014年12月5日、朝日新聞社の渡辺雅隆・新社長は、就任後の記者会見でこう述べた。
 連載4回目のテーマは、同社の「福島第一原発事故」報道についてである。社長の「覚悟」のほどがさっそく試されることになるかもしれない。

 14年10月2日付『朝日新聞』朝刊の「記者有論」欄に、
「先天異常変化なし 福島への誤解解く情報を」
 と題した記事が掲載された。筆者は、同社科学医療部の岡崎明子記者である。
 記事は、福島第一原発事故以降に福島県内で行なわれた厚生労働省研究班などの「妊産婦調査」結果を紹介したもので、
「福島で生まれた赤ちゃんに先天異常が出る割合は、東京電力福島第一原発事故後も、全国平均と変わらない」
 のだという。この記事が言う「先天異常」とは、妊娠中に強い放射線を浴びることで発生する「二分脊椎(にぶんせきつい)」といった症状に代表される、いわゆる「奇形児」のことを指している。調査の中には流産や中絶の割合を調べたものもあり、
「これも事故前と後では変化がない」
 そうだ。
 岡崎記者は同記事中で、
「事故後4カ月の被曝量は福島県民の99.8%が計5ミリシーベルト未満だった」
と断定。さらには、「国際放射線防護委員会の勧告では、100ミリシーベルト未満の胎児被曝なら中絶の必要はない」としたうえで、
「現時点でも数字上は、福島で赤ちゃんを産み育てるのは安全なように思える」
 との持論を展開している。
 記事では何も書かれていないが、「県民の99.8%が計5ミリシーベルト未満」という値は、福島県や環境省が公表している「県民健康調査」の外部被曝線量推計結果(14年5月発表)と全く同じものだ。ただし、この調査におけるアンケート回収率は、たったの25.9%。そもそも推計値なのだから、断定するための科学的根拠とするにはとても心もとない。
 だが、この記事における最大の問題点は、そのことではない。岡崎記者が先天異常の調査結果のみをもって「安全なように思える」と即断していることだ。

■ジャーナリスト失格の早とちり
 妊婦の被曝で懸念される健康被害には、小児ガンもある。つまり、放射線や放射性物質は、先天異常を引き起こす「催奇性」と同時に、「発ガン性」という毒性も兼ね備える。
 当連載の第3回「WHO『福島県でガン多発』報告書の衝撃」でも触れたように、妊婦の腹部への被曝が生誕後の小児ガンの原因となることは、半世紀ほど前から広く知られている医学的知見だ。こうした研究は1950年代から世界的に行なわれており、子宮内で胎児が10ミリグレイ(およそ10ミリシーベルト)程度のX線被曝を受けると、小児ガンのリスクが必然的に増加するという結論が、すでに出ている。病院のX線撮影室の入口に表示してある、
「妊娠している可能性がある方は、必ず申し出てください」
 という表示は、こうした医学的知見を根拠にしたものだ。
 さらに付け加えておくと、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の13年報告書『2011年東日本大震災後の原子力事故による放射線被ばくのレベルと影響』は、とかく「過小評価」との批判が付きまとうシロモノだが、この報告書でさえ、福島第一原発事故発生時に妊娠中だった女性の中で、子宮に20ミリグレイの吸収線量を受けた(=被曝をした)人が「少数」ながらも存在する可能性があることについて、わざわざ言及している。こうして産まれてきた子どもたちもまた、原発事故によって重大な健康リスクを負わされた被害者であることに、異論を挟(はさ)む余地はない。
 そこで、疑問が浮上する。なぜ岡崎記者は「先天異常」多発の有無だけで、原発事故後の福島県で子を産み育てることを「安全」と思うに至ったのか? 小児ガン多発の有無や可能性も点検したうえで読者に判断材料を提供するのが、「あるべき科学記者」の姿勢なのではないのか?
 記事を読み返してみたところ、岡崎記者の主張の根幹は、産婦人科の大学教授であるという人物が話していたことの受け売りだった。果たしてこの産婦人科医は、小児ガンのリスクについてどう考えているのか。記事で産婦人科医は、小児ガンのリスクについて何も触れておらず、
「福島で調査した数字を見て、福島で産み育てる人が増えて欲しい」
 とだけ、コメントしていた。関心のある読者は、自分でこの医者に確認せよとでもいうのか。取材が甘い記事と言うほかない。
 仕方がないので、記事に登場する産婦人科医──福島県立医科大学の藤森敬也教授に取材を申し込んだ。回答は次のとおり。
「放射線と小児ガンの関連などについての調査や見解は専門外であるため、コメントは控えたい」
 子どもたちが無事であるに越したことはないが、どちらか一方の毒性しか見ないで「安全」と報じるのは、科学記事と呼ぶに値しない早とちり以外の何ものでもない。
 そればかりか記事は、福島での出産や子育てを恐れるのは「誤解」だとした。そして岡崎記者は、そうした「誤解」を解くべく、
「これからも最新の知見を発信していきたい」 
 と、この記事を勇ましく締め括(くく)っている。
 人々の不安を「誤解」と決めつけるからには、被曝による「小児ガンのリスク」の有無についても、記事中できちんと触れるべきだろう。この点について、朝日新聞社広報部を通じて岡崎記者に尋ねたところ、とても回答とは言えないような“回答”FAXが同社広報部から寄せられる(カッコ内は筆者の注)。
「厚生労働省研究班の調査結果や国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告をもとに、記者が先天異常について自分の考えを述べたものです」
 そんなことは、質問していないのである。そればかりか、肝心の「小児ガンのリスク」に関する質問への回答が、一言も書かれていない。朝日新聞社は、説明責任を放棄した。
 岡崎記者は、質問に答えることすらできないのである。つまり、小児ガン多発の有無や可能性は何も点検しないまま、人々の不安を「誤解」だと決めつける、恐れ入るばかりの非科学記事だったのだ。
 岡崎氏よ、あなたは「科学ジャーナリスト」失格である。



取材・文/明石昇二郎(ルポルタージュ研究所)+本誌取材班
(全文は『宝島』2015年2月号に掲載)