今年3月、著書『オール・イン』を上梓した元奨励会三段・天野貴元氏。年齢制限によってプロ棋士への夢が断たれた後、末期の舌がんを宣告され、最新の治療に賭けながら「どう生きるか」を模索している天野氏に話を聞いた。
■「アマ竜王戦」で将棋の魅力を再認識
今年3月、初の著書となる『オール・イン』(宝島社刊)を出版しました。プロ棋士を目指した私の半生を綴った内容です。
幸いにもこの作品が7月、将棋界では歴史ある「将棋ペンクラブ大賞」に選出され、著者としてたいへん嬉しく思っています。
私は幼少時代からプロ棋士を目指し、あの羽生善治さんを輩出した「八王子将棋クラブ」に通い、将棋の腕を磨きました。
10歳でプロ棋士の養成機関である「奨励会」に入会し、16歳で三段に昇段。プロとして認定される四段を目前にしながら、10年近く足踏みを続け、ついにプロ入りを果たせず年齢制限(26歳)で2012年に奨励会を退会しました。
そして退会から1年後、今度はステージ4の「舌がん」と診断され、現在は闘病中です。
舌を亜摘出する手術を受け、なんとか転移を食い止めようとしましたが、今年5月、PET検査にて遠隔転移が認められるとの診断を受けました。
要するにこれはがんの「再発」です。 私は医師にどうか「余命」について教えて欲しいとお願いしました。すると医師の答えは「何もしなければ半年から1年」という答えでした。
もちろん、何もしないという選択肢はありません。
現在、私は抗がん剤とともに「サイバーナイフ」という最新の治療を受けています。うまく効果が出るかどうか、すぐには分からないのですが、座して待っていても局面は好転しない。いろいろな考え方がありますが、私の場合は攻めの治療を選択しました。
プロ棋士になれなかった私ですが、いまはひとりのアマチュア選手に戻り、純粋に将棋を楽しんでいます。
この6月には山形県の天童市で開催された「アマチュア竜王戦全国大会」(アマ最高峰タイトルのひとつ)に東京都代表として出場。惜しくもベスト16で236手の熱戦のすえ敗退(大逆転負け!)しましたが、初日の予選では最終的に優勝した福岡県の下平雅之さんに勝利するなど、自分の持ち味は出すことができたかなと思っています。
がん患者であると同時に、舌を切除して明瞭な発声が困難な私ですが、将棋を指す分にはさほど大きな影響はありません。
プロを目指していた奨励会時代、将棋に勝てないことは私の悩みであり、苦しみに他なりませんでした。
しかしいま、将棋は私にとって心から楽しめる、かけがえのないパートナーとなっています。
■胸に純金を入れて放射線を照射する
私がいま受けている治療は「サイバーナイフ」と呼ばれるもので、精密なロボットアームで放射線をピンポイントで照射する、最新の治療法です。
従来の抗がん剤治療と違ってまだ臨床でのデータが少ないのですが、民間療法と違って保険は利きますし、医学的にも注目されている治療法です。
体内にあらかじめ「純金」の粒を埋め込み、そこを目印にロボットが放射線を照射していくという仕組みで、痛みはないのですが、私の場合肺にがんが転移しているため、一時的に呼吸が苦しくなるということはあります。
がん治療の現場では、医師が患者に対して「余命」を告げることはありません。しかし、私は自分の残された時間をはっきり知っておきたいと思うタイプで、医師に自ら自分の「生存可能性」を尋ねました。
前述の通り、その答えは「何もしなければ半年から1年」ということで、それは正面から受け止めるには非常に重い内容ではあるけれども、あくまでも「何もしなければ」の話です。
私は良い意味で医師の言葉を楽観的に解釈し、自分のなかにストレスを溜めないようにしています。
■何のために生きるか毎日考えさせられる
いまのところ、体重が少し減ったほかはひどく体調の不良を感じるということはありません。
しかし自分のなかで、意識、精神の変化は確実に起きているように感じます。
たとえば日々のニュースを目にしたとき「お金」に関するニュースがあります。
おばあさんが詐欺で大金を騙し取られたとか、スポーツ選手が何億円で契約更改した等々、世の中が経済で動いている限り、お金に関する情報は毎日何かしらあるわけです。
しかし、いまの私にとってお金の価値は非常に低くなっています。だからそういうニュースにいまでも反応してしまう自分に、内心、苦笑してしまうのです。
もちろんお金がまったくなければ治療も受けられないのですが、大金が欲しいとか、豪遊したいとかそういう気持ちはまったくなくなっている。そういう心境になったとき初めて考えるのは、生きていくうえで本当に価値あることってなんだろうということです。
本にも書いたことですが、勝負の世界で「勝つ」ために真剣に努力した人は、いつか必ず「勝つこと」以上に大切なことがある、と気付くのではないか。
結果がどうなるかは別として、いまは精一杯、諦めずに生きていきたい。その結果、いまはまだ分からない「本当に価値あること」が見つかるのではないか。私はそう感じています。
●構成/宝島編集部 ●撮影/弦巻 勝
「将棋ペンクラブ大賞」を受賞した
天野氏の著書『オール・イン』(宝島社刊)
■「アマ竜王戦」で将棋の魅力を再認識
今年3月、初の著書となる『オール・イン』(宝島社刊)を出版しました。プロ棋士を目指した私の半生を綴った内容です。
幸いにもこの作品が7月、将棋界では歴史ある「将棋ペンクラブ大賞」に選出され、著者としてたいへん嬉しく思っています。
私は幼少時代からプロ棋士を目指し、あの羽生善治さんを輩出した「八王子将棋クラブ」に通い、将棋の腕を磨きました。
10歳でプロ棋士の養成機関である「奨励会」に入会し、16歳で三段に昇段。プロとして認定される四段を目前にしながら、10年近く足踏みを続け、ついにプロ入りを果たせず年齢制限(26歳)で2012年に奨励会を退会しました。
そして退会から1年後、今度はステージ4の「舌がん」と診断され、現在は闘病中です。
舌を亜摘出する手術を受け、なんとか転移を食い止めようとしましたが、今年5月、PET検査にて遠隔転移が認められるとの診断を受けました。
要するにこれはがんの「再発」です。 私は医師にどうか「余命」について教えて欲しいとお願いしました。すると医師の答えは「何もしなければ半年から1年」という答えでした。
もちろん、何もしないという選択肢はありません。
現在、私は抗がん剤とともに「サイバーナイフ」という最新の治療を受けています。うまく効果が出るかどうか、すぐには分からないのですが、座して待っていても局面は好転しない。いろいろな考え方がありますが、私の場合は攻めの治療を選択しました。
プロ棋士になれなかった私ですが、いまはひとりのアマチュア選手に戻り、純粋に将棋を楽しんでいます。
この6月には山形県の天童市で開催された「アマチュア竜王戦全国大会」(アマ最高峰タイトルのひとつ)に東京都代表として出場。惜しくもベスト16で236手の熱戦のすえ敗退(大逆転負け!)しましたが、初日の予選では最終的に優勝した福岡県の下平雅之さんに勝利するなど、自分の持ち味は出すことができたかなと思っています。
がん患者であると同時に、舌を切除して明瞭な発声が困難な私ですが、将棋を指す分にはさほど大きな影響はありません。
プロを目指していた奨励会時代、将棋に勝てないことは私の悩みであり、苦しみに他なりませんでした。
しかしいま、将棋は私にとって心から楽しめる、かけがえのないパートナーとなっています。
■胸に純金を入れて放射線を照射する
私がいま受けている治療は「サイバーナイフ」と呼ばれるもので、精密なロボットアームで放射線をピンポイントで照射する、最新の治療法です。
従来の抗がん剤治療と違ってまだ臨床でのデータが少ないのですが、民間療法と違って保険は利きますし、医学的にも注目されている治療法です。
体内にあらかじめ「純金」の粒を埋め込み、そこを目印にロボットが放射線を照射していくという仕組みで、痛みはないのですが、私の場合肺にがんが転移しているため、一時的に呼吸が苦しくなるということはあります。
がん治療の現場では、医師が患者に対して「余命」を告げることはありません。しかし、私は自分の残された時間をはっきり知っておきたいと思うタイプで、医師に自ら自分の「生存可能性」を尋ねました。
前述の通り、その答えは「何もしなければ半年から1年」ということで、それは正面から受け止めるには非常に重い内容ではあるけれども、あくまでも「何もしなければ」の話です。
私は良い意味で医師の言葉を楽観的に解釈し、自分のなかにストレスを溜めないようにしています。
■何のために生きるか毎日考えさせられる
いまのところ、体重が少し減ったほかはひどく体調の不良を感じるということはありません。
しかし自分のなかで、意識、精神の変化は確実に起きているように感じます。
たとえば日々のニュースを目にしたとき「お金」に関するニュースがあります。
おばあさんが詐欺で大金を騙し取られたとか、スポーツ選手が何億円で契約更改した等々、世の中が経済で動いている限り、お金に関する情報は毎日何かしらあるわけです。
しかし、いまの私にとってお金の価値は非常に低くなっています。だからそういうニュースにいまでも反応してしまう自分に、内心、苦笑してしまうのです。
もちろんお金がまったくなければ治療も受けられないのですが、大金が欲しいとか、豪遊したいとかそういう気持ちはまったくなくなっている。そういう心境になったとき初めて考えるのは、生きていくうえで本当に価値あることってなんだろうということです。
本にも書いたことですが、勝負の世界で「勝つ」ために真剣に努力した人は、いつか必ず「勝つこと」以上に大切なことがある、と気付くのではないか。
結果がどうなるかは別として、いまは精一杯、諦めずに生きていきたい。その結果、いまはまだ分からない「本当に価値あること」が見つかるのではないか。私はそう感じています。
●構成/宝島編集部 ●撮影/弦巻 勝
「将棋ペンクラブ大賞」を受賞した
天野氏の著書『オール・イン』(宝島社刊)