上場企業のトップが子会社から巨額の資金を借り入れ、カジノで散財したいわゆる「大王製紙事件」から2年半。井川意高・元会長の刑事裁判は終了したが、その後の大王製紙では創業家のドンと現・経営陣との間で暗闘が続いている。井川意高・元会長の父、井川高雄・大王製紙顧問の告白。
2011年、創業家の会長が巨額の資金を子会社から借り入れ、その多くを海外のカジノで浪費するというスキャンダルに見舞われた大王製紙。
最高裁判所は2013年6月、会社法違反(特別背任)罪に問われた井川意高・元会長に対し、上告を棄却。懲役4年の実刑判決とした1・2審の判決が確定した。
現在は栃木県の喜連川社会復帰促進センターに服役する井川意高・元会長は昨
年11月、『熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録』を出版。
自身の生い立ち、交友、経営、そして賭博の深みにはまり込んでいく焦燥心理が綴られた同書はベストセラーとなっている。
一方、経営立て直しを図る大王製紙は揺れている。
佐光正義社長ら現・経営陣と大王製紙が設置した「特別調査委員会」は、事件の背景に創業家の井川一族支配があったと結論付け、意高・元会長の父であり、大王製紙グループの「中興の祖」と呼ばれたかつての最高実力者、井川高雄顧問を追放。
さらに創業家に対し、大王製紙と関連会社の株を売却するよう求めたのに対し、井川高雄氏は「事件を奇貨とした会社乗っ取りだ」と強く反発した。
一時は大王製紙グループの分裂危機も囁かれたが、2012年6月、製紙業界5位だった北越紀州製紙が“仲裁”に名乗りを上げる。
高雄氏ら創業家が保有する株式を北越紀州が引き取り、その売却益で井川家は約59億円の借入金を大王製紙に返済。北越紀州と大王製紙は経営統合含みで資本提携し、高雄氏は顧問に復帰することで一応の決着を見たのである。
だが、その後も大王製紙ではスキャンダルが相次いでいる。
不正経理を内部告発した社員の解雇をめぐる民事訴訟。あるいは北越紀州との経営統合路線に逆行する株取引と、インサイダー疑惑。大株主の立場から﹁疑惑解明﹂を求める北越紀州が佐光社長の再任に反対するなど、資本提携したはずの両社は現在、緊張関係にある。
世間を揺るがせた事件から2年あまり。一代で大王製紙を連結売上高4100億円の日本を代表する製紙大手に育て上げたカリスマ経営者、井川高雄氏はいま、何を思うのか。
刑務所の面会室で対面した「息子」
昨年の12月、私と妻の2人で、意高が服役する栃木の社会復帰促進センターへ面会に行ってまいりました。「社会復帰促進センター」と言えば聞こえは良いが、要は刑務所ですわな。
「体重も落ちて、健康になりました」
ガラスの向こう側に座った意高は、母親に心配をかけまいと思ったのかそんなことを口にしました。
私はこう返しました。
「そりゃ酒飲まんのやから痩せるし、健康にもなるだろう。ま、風邪だけひかんようにせえよ」
会話らしい会話と言えばその程度です。
意高の本(『熔ける』)のことですか。ええ、目は通しております。もっとも、私はそんな本が出るなどまったく聞かされておりませんでした。意高は公判中、保釈されている時期が長かったので、おそらくその間に書いたのでしょう。
感想を1つだけ述べるとすれば、あの事件に関する部分で弁解したり、あるいは他人を批判したり、悪く書いていないことだけは良かったなと思います。
私はバクチが嫌いですが、アレは好きなんですな。学生のときから麻雀をやって、射幸心が強いと言うのか……息子とはいえ、いまでも分かりません。カジノに入り浸る者の気持ちが。
私はこれまで、多くの取材をお断りしてきました。
何かを話すことで、意高の公判を有利に運ぼうとしているのではないかと思われたくありませんでしたし、私もこういう性格なので、水を向けられればつい余計なことを話してしまう。そういう考えで自制しておりました しかし、裁判も終わりました。意高に対する判決について、司法の一事不再理については理解しておりますし、私が何か申し上げることはありません。
ただ、一連の事件発生後に起きたことを、私がどう考えているのか。この場をお借りしてお話ししておきたいと思います。
結論から言えば、私はいまでも、大王製紙の現・経営陣と特別調査委員会がやったことに納得していないのです。
確かに息子の意高は不祥事を起こしました。しかし、その法的責任は父親である私にも及ぶ、という連座の論理で大王製紙は私と井川家を排除しようとした。私が問題にしたいのはこの点なのです。

<著書を出版した井川意高・元会長>
(記事の全文は『月刊宝島』2014年3月号に掲載)

最高裁判所は2013年6月、会社法違反(特別背任)罪に問われた井川意高・元会長に対し、上告を棄却。懲役4年の実刑判決とした1・2審の判決が確定した。
現在は栃木県の喜連川社会復帰促進センターに服役する井川意高・元会長は昨
年11月、『熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録』を出版。
自身の生い立ち、交友、経営、そして賭博の深みにはまり込んでいく焦燥心理が綴られた同書はベストセラーとなっている。
一方、経営立て直しを図る大王製紙は揺れている。
佐光正義社長ら現・経営陣と大王製紙が設置した「特別調査委員会」は、事件の背景に創業家の井川一族支配があったと結論付け、意高・元会長の父であり、大王製紙グループの「中興の祖」と呼ばれたかつての最高実力者、井川高雄顧問を追放。
さらに創業家に対し、大王製紙と関連会社の株を売却するよう求めたのに対し、井川高雄氏は「事件を奇貨とした会社乗っ取りだ」と強く反発した。
一時は大王製紙グループの分裂危機も囁かれたが、2012年6月、製紙業界5位だった北越紀州製紙が“仲裁”に名乗りを上げる。
高雄氏ら創業家が保有する株式を北越紀州が引き取り、その売却益で井川家は約59億円の借入金を大王製紙に返済。北越紀州と大王製紙は経営統合含みで資本提携し、高雄氏は顧問に復帰することで一応の決着を見たのである。
だが、その後も大王製紙ではスキャンダルが相次いでいる。
不正経理を内部告発した社員の解雇をめぐる民事訴訟。あるいは北越紀州との経営統合路線に逆行する株取引と、インサイダー疑惑。大株主の立場から﹁疑惑解明﹂を求める北越紀州が佐光社長の再任に反対するなど、資本提携したはずの両社は現在、緊張関係にある。
世間を揺るがせた事件から2年あまり。一代で大王製紙を連結売上高4100億円の日本を代表する製紙大手に育て上げたカリスマ経営者、井川高雄氏はいま、何を思うのか。
刑務所の面会室で対面した「息子」
昨年の12月、私と妻の2人で、意高が服役する栃木の社会復帰促進センターへ面会に行ってまいりました。「社会復帰促進センター」と言えば聞こえは良いが、要は刑務所ですわな。
「体重も落ちて、健康になりました」
ガラスの向こう側に座った意高は、母親に心配をかけまいと思ったのかそんなことを口にしました。
私はこう返しました。
「そりゃ酒飲まんのやから痩せるし、健康にもなるだろう。ま、風邪だけひかんようにせえよ」
会話らしい会話と言えばその程度です。
意高の本(『熔ける』)のことですか。ええ、目は通しております。もっとも、私はそんな本が出るなどまったく聞かされておりませんでした。意高は公判中、保釈されている時期が長かったので、おそらくその間に書いたのでしょう。
感想を1つだけ述べるとすれば、あの事件に関する部分で弁解したり、あるいは他人を批判したり、悪く書いていないことだけは良かったなと思います。
私はバクチが嫌いですが、アレは好きなんですな。学生のときから麻雀をやって、射幸心が強いと言うのか……息子とはいえ、いまでも分かりません。カジノに入り浸る者の気持ちが。
私はこれまで、多くの取材をお断りしてきました。
何かを話すことで、意高の公判を有利に運ぼうとしているのではないかと思われたくありませんでしたし、私もこういう性格なので、水を向けられればつい余計なことを話してしまう。そういう考えで自制しておりました しかし、裁判も終わりました。意高に対する判決について、司法の一事不再理については理解しておりますし、私が何か申し上げることはありません。
ただ、一連の事件発生後に起きたことを、私がどう考えているのか。この場をお借りしてお話ししておきたいと思います。
結論から言えば、私はいまでも、大王製紙の現・経営陣と特別調査委員会がやったことに納得していないのです。
確かに息子の意高は不祥事を起こしました。しかし、その法的責任は父親である私にも及ぶ、という連座の論理で大王製紙は私と井川家を排除しようとした。私が問題にしたいのはこの点なのです。

<著書を出版した井川意高・元会長>
(記事の全文は『月刊宝島』2014年3月号に掲載)