日本の食文化を代表する「うなぎ」に最大の危機が迫っている。急激な価格高騰に
目を付けた暴力団が入り込んだ業界の憂鬱をレポートする。
■掲示板に見られる「稚魚売買」情報
ウナギをめぐる近年の状況を整理してみる。水産庁や日本養鰻漁業協同組合連合会によると、
国内のウナギの供給量(国内養殖と輸入の合計)は2000年の16万トンをピークに減少が続き、
2010年は約7万4000トン、2011年は約5万6000トンに落ち込んだ。背景にはシラスウナギ
(ウナギの稚魚)の世界的不漁がある。
ニホンウナギは太平洋のマリアナ海溝付近で産卵し、稚魚が海流に乗って台湾や中国、
日本などに向かい河口から河川を遡上するとされる。免許を持つ漁業者や養鰻業者は
毎年12月から4月にかけ、地域で決められた漁期の間、夜間に光に集まるシラスウナギを
すくって捕獲する。
ここ数年、稚魚は隔年で不漁の年があったものの、通常20万トン以上の漁獲量があった。
しかし2009年に約24万トンあった漁獲量が翌年から激減し、今年にいたるまで4年間、
数万トンしか取れなくなった。原因についてはさまざまな指摘があるが、はっきりとしたことは
分かっていないというのが実情だ。
危機感を強めた環境省は、今年2月、天然のニホンウナギを「絶滅危惧種」に指定。
資源回復に乗り出しているが、その効果のほどは定かではない。前出の漁連幹部は、
シラスウナギ激減の理由について「密漁の影響は大きいはずだ」と断言する。
「これまで“ヤミ採り”(密漁)が野放しになってきたのは、取締りが難しいこともあるが、
ひとつ言えるのはシラスウナギがコツさえつかめば素人でも取れてしまう、比較的簡単な漁
であることが大きい。正規の漁業者も現場で密漁団とは遭遇したくないので少し川の上流へ行く。
しかし河口付近でヤミ採りをされると、上ではほとんど取れないですよ」
確かにマグロの密漁は素人にできないが、ウナギの場合はそれが可能だ。それでも
数年前までは密漁するようなメリットはなかったが、ここまで値段が高騰したことで、
暴力団の資金源として成立する仕事になってしまったということか。
「水産マフィアの密漁ターゲットは中国向けの乾物用ナマコ、アワビ、それからこの
シラスウナギなどで、いずれも素人でも取れるものばかり。実際に見たこともない業者が
一部のインターネット掲示板を利用して、稚魚を養鰻業者に高値でさばいている。
正規価格の3倍であっても、仲買人はシラスを買う。なぜならモノが確保できないいま、
養殖業者はその値段でも必ず買うから。居酒屋であれば品切れのメニューがあっても
怒られないが、日本の鰻屋の多くは専門店だから『ありません』じゃ済まされない。
結局、いちばんシワ寄せがくるのはルールを守ってシラスを取る業者と鰻屋ですよ」(同)
カネの集まるところに群がるのは暴力団の基本的習性だが、彼らが単に川でシラスを
取っているだけと思ったら大間違いだ。当局が注目しているのは、ウナギをめぐるもっと
大がかりな「国際シンジケート」の存在、そしていわゆる「産地偽装ビジネス」である。
■ウナギシンジケート まとめる暴力団組織
さかのぼること4年前の2009年春。日本の税関各所で、ウナギの稚魚を台湾や中国に向け
「密輸出」しようとする台湾人、中国人が摘発されるという事件が相次いだ。彼らは日本の
シラスウナギをどうして台湾や中国に持ち帰ろうとしたのか。事情を知る業界関係者が解説する。
「2009年はシラスウナギが最後に豊漁だった年で、取引価格もまだ1キロ当たり30万円台
でした。日本の暴力団が中国、台湾の業者と手を組み、養殖費用の安い台湾、中国へ稚魚を
持ち込み、1年から1年半で成魚になったウナギを日本に売りつけることで利ざやを稼ごうとした
のです。この稚魚の密輸出はかなり前から横行しており、たとえ見つかったとしても通告処分で
数万円の罰金で済むノーリスクのビジネス。業者の台湾人たちはあらかじめ罰金を用意し、
摘発されても何度も密輸出を繰り返していたのです」
ところが翌年から日本でシラスウナギが取れなくなると、今度は逆の「密輸入ビジネス」が横行。
「いまいちばんホットなエリアがインドネシアです。インドネシアはニホンウナギに味が近く、
稚魚の価格が格段に安いビカーラ種がいまでも割合多く取れる。地元民が河口で取った
稚魚を、観光ビザで入った台湾人、中国人が大量に買いつけ、香港を経由して中国や日本に
密輸しているのです。この流通をコントロールしているのが日本の暴力団です。インドネシアの
税関はもともと緩い上に、密輸が見つかっても没収されるだけで罰則がない。バリ空港には現在、
月に1トンもの稚魚が持ち込まれているといわれています」
もともと韓国と日本の水産業者が多用する関釜フェリーでは、タコやフグを積んだ
活魚専門車が頻繁に行き来している。
「こうした業者たちが、シラスウナギを紛れ込ませたところで、まったく警戒もされない。
実態はまさにウナギのごとく、つかみどころがないのです」
こうした動きを踏まえ、日本政府も今年6月、「種の保存法」改正案を可決。
絶滅の恐れがある野生生物の違法な捕獲や販売を行った個人、企業への罰金を
それぞれ500万円以下、1億円以下と大幅に引き上げた。しかし、違法薬物と違って
その密輸リスクはまだまだ低く、抑止効果になっているかは分からない。
<年々厳しくなる税関の「ウナギ監視」>
目を付けた暴力団が入り込んだ業界の憂鬱をレポートする。
■掲示板に見られる「稚魚売買」情報
ウナギをめぐる近年の状況を整理してみる。水産庁や日本養鰻漁業協同組合連合会によると、
国内のウナギの供給量(国内養殖と輸入の合計)は2000年の16万トンをピークに減少が続き、
2010年は約7万4000トン、2011年は約5万6000トンに落ち込んだ。背景にはシラスウナギ
(ウナギの稚魚)の世界的不漁がある。
ニホンウナギは太平洋のマリアナ海溝付近で産卵し、稚魚が海流に乗って台湾や中国、
日本などに向かい河口から河川を遡上するとされる。免許を持つ漁業者や養鰻業者は
毎年12月から4月にかけ、地域で決められた漁期の間、夜間に光に集まるシラスウナギを
すくって捕獲する。
ここ数年、稚魚は隔年で不漁の年があったものの、通常20万トン以上の漁獲量があった。
しかし2009年に約24万トンあった漁獲量が翌年から激減し、今年にいたるまで4年間、
数万トンしか取れなくなった。原因についてはさまざまな指摘があるが、はっきりとしたことは
分かっていないというのが実情だ。
危機感を強めた環境省は、今年2月、天然のニホンウナギを「絶滅危惧種」に指定。
資源回復に乗り出しているが、その効果のほどは定かではない。前出の漁連幹部は、
シラスウナギ激減の理由について「密漁の影響は大きいはずだ」と断言する。
「これまで“ヤミ採り”(密漁)が野放しになってきたのは、取締りが難しいこともあるが、
ひとつ言えるのはシラスウナギがコツさえつかめば素人でも取れてしまう、比較的簡単な漁
であることが大きい。正規の漁業者も現場で密漁団とは遭遇したくないので少し川の上流へ行く。
しかし河口付近でヤミ採りをされると、上ではほとんど取れないですよ」
確かにマグロの密漁は素人にできないが、ウナギの場合はそれが可能だ。それでも
数年前までは密漁するようなメリットはなかったが、ここまで値段が高騰したことで、
暴力団の資金源として成立する仕事になってしまったということか。
「水産マフィアの密漁ターゲットは中国向けの乾物用ナマコ、アワビ、それからこの
シラスウナギなどで、いずれも素人でも取れるものばかり。実際に見たこともない業者が
一部のインターネット掲示板を利用して、稚魚を養鰻業者に高値でさばいている。
正規価格の3倍であっても、仲買人はシラスを買う。なぜならモノが確保できないいま、
養殖業者はその値段でも必ず買うから。居酒屋であれば品切れのメニューがあっても
怒られないが、日本の鰻屋の多くは専門店だから『ありません』じゃ済まされない。
結局、いちばんシワ寄せがくるのはルールを守ってシラスを取る業者と鰻屋ですよ」(同)
カネの集まるところに群がるのは暴力団の基本的習性だが、彼らが単に川でシラスを
取っているだけと思ったら大間違いだ。当局が注目しているのは、ウナギをめぐるもっと
大がかりな「国際シンジケート」の存在、そしていわゆる「産地偽装ビジネス」である。
■ウナギシンジケート まとめる暴力団組織
さかのぼること4年前の2009年春。日本の税関各所で、ウナギの稚魚を台湾や中国に向け
「密輸出」しようとする台湾人、中国人が摘発されるという事件が相次いだ。彼らは日本の
シラスウナギをどうして台湾や中国に持ち帰ろうとしたのか。事情を知る業界関係者が解説する。
「2009年はシラスウナギが最後に豊漁だった年で、取引価格もまだ1キロ当たり30万円台
でした。日本の暴力団が中国、台湾の業者と手を組み、養殖費用の安い台湾、中国へ稚魚を
持ち込み、1年から1年半で成魚になったウナギを日本に売りつけることで利ざやを稼ごうとした
のです。この稚魚の密輸出はかなり前から横行しており、たとえ見つかったとしても通告処分で
数万円の罰金で済むノーリスクのビジネス。業者の台湾人たちはあらかじめ罰金を用意し、
摘発されても何度も密輸出を繰り返していたのです」
ところが翌年から日本でシラスウナギが取れなくなると、今度は逆の「密輸入ビジネス」が横行。
「いまいちばんホットなエリアがインドネシアです。インドネシアはニホンウナギに味が近く、
稚魚の価格が格段に安いビカーラ種がいまでも割合多く取れる。地元民が河口で取った
稚魚を、観光ビザで入った台湾人、中国人が大量に買いつけ、香港を経由して中国や日本に
密輸しているのです。この流通をコントロールしているのが日本の暴力団です。インドネシアの
税関はもともと緩い上に、密輸が見つかっても没収されるだけで罰則がない。バリ空港には現在、
月に1トンもの稚魚が持ち込まれているといわれています」
もともと韓国と日本の水産業者が多用する関釜フェリーでは、タコやフグを積んだ
活魚専門車が頻繁に行き来している。
「こうした業者たちが、シラスウナギを紛れ込ませたところで、まったく警戒もされない。
実態はまさにウナギのごとく、つかみどころがないのです」
こうした動きを踏まえ、日本政府も今年6月、「種の保存法」改正案を可決。
絶滅の恐れがある野生生物の違法な捕獲や販売を行った個人、企業への罰金を
それぞれ500万円以下、1億円以下と大幅に引き上げた。しかし、違法薬物と違って
その密輸リスクはまだまだ低く、抑止効果になっているかは分からない。
<年々厳しくなる税関の「ウナギ監視」>