実はいま、一時は「ジャマ電」とまで呼ばれた路面電車が、歴史上もっともオモシロイ状態にある。
「建設費や維持費が地下鉄の20分の1以下」という点が見直され、新路線が建設、利用者も
増加に転じているのだ。最新式の製造が追いつかないという問題が、古い車両と最新車両の
共存というなんとも贅沢な魅力をも生み出した。そんな街へご招待しよう。

■普通の電車が路面電車に!?世界で唯一の光景
 まず紹介したいのは、関西の京阪電鉄京津線《御陵(みささぎ)〜浜大津》だ。路面電車に
そぐわない長〜い車両が街中を走っている不思議な写真を撮影することができる。何かの間違い
のようにも思えるが、これは世界でも唯一、地下鉄車両が路面電車に乗り入れているからだ。

 電車の長さは4両編成で64m。道交法が許可する長さを34mもオーバーしてしまっているため、
普通ならパトカーにつかまってしまうところだが、ゆえに京阪電鉄は事前に国交省に出向き、
特別な許可を取ったという。普通の列車が、赤信号で止まり、通学する小学生たちに道を
譲っている姿は、なんともいえず愛嬌がある。

 次は、路線の総延長が35・1キロという全国一の規模を誇る広島電鉄(広島駅〜
広電宮島口ほか)だ。広島では、路面電車が東京における地下鉄のように、完全に市民の
足になっている。かの原爆の悲劇からも、わずか3日で電車を走らせ、アメリカ兵を仰天させた
という街なのだ。ここの新型は「グリーンムーバー」。大小5車体を連結し、全長も30mある。
床が地上33僂箸いδ仰秕欧覆里如長〜いツイタテが路上を移動しているように見える(笑)。

 こんな新型がデビューする一方で、半世紀前に造られた古豪も活躍しているのが広島だ。
京都・大阪・神戸からやって来たベテラン車両が、その土地での塗装に復元され、京阪神からの
観光客に大好評。福岡からの3車体連接車もラッシュ時に重宝されている。

 それにしても、よくこんなバラバラな種類の電車を運転できるものだと感心し、運転士に尋ねたところ、
「車種統一が悲願なのは事実。でも遠方から来たお客さんが、『ワシは若い頃、京都でこの電車に
乗って通勤していたよ、懐かしいなあ』などと言って喜んでくれると、いろんな電車があるのも
悪くないなと思いますよ」と、彼は微笑(ほほえ)んだ。

■日本最古の路面電車が走るのは函館市
 古参車といえば、北の港町を行く函館市電(湯の川〜谷地頭ほか、左の写真)も見逃せない。
「まだまだ若造には任せられんわい」と頑張る名物電車がいる。オン歳なんと105歳、明治43年に
製造された、日本最古の路面電車「箱館ハイカラ號(ごう)」だ。“彼”は大正7年に函館入りし、
第一線で働いた後、除雪車に改造されていたが、それを観光用として元の姿に戻されたものである。

 通常、電車は一両あたり4 軸の車輪をもつが、“彼”は車体が小さいので2軸しかない。
通常の半分の動力を最大限使い、海から街へ続く急坂を頑張って登るその姿には、
見ている者も思わずこぶしを握ってしまうだろう。

■夏目漱石『坊っちゃん』に出てくる車両を復活!
 舞台は四国に移り、夏目漱石の『坊っちゃん』で描かれた松山へ。同作には、この街を走る
「マツチ箱のやうな」軽便列車が出てくるが、これを細かいリベットや配管まで、きわめて精密に
復元した「坊っちゃん列車」が、伊予鉄道松山市内線に走っている。漱石が描いたのは、
同じ伊予鉄道でも別の路線で現存しないが、まさか別の路面に復活させるとは、何とスバラシイ
発想だろう!

 世界で唯一の路面SL(中身はディーゼル機関車だが、ちゃんと煙突から白煙を吐く)は、
漱石が表現した通り「ピュー」という汽笛を鳴らして、今日も松山市街と道後温泉間を結んでいる。
また、松山市内線の大手町電停のそばでは、一般鉄道の踏切を、路面電車が車や歩行者と
いっしょに渡るという、これまた全国唯一の奇景も見られる。

 北陸の穀倉地帯を走る福井鉄道(田原町〜越前武生など)は、最近になって、爬虫類的な
カオをした新型車(右の写真)を誕生させたり、名鉄からコンパクトカーを大量に購入したりと、
なかなか未来志向の路面電車である。しかし、福鉄には元来の、「一般鉄道用の巨漢が
路面を走る」光景もまだ残っている。時間は朝夕のラッシュ時。JRなどとほぼ同じ車体サイズの
大型車が混雑をさばいている。

■あえて板塀に古看板 懐かし路線の荒川線
 昭和30年代まで、東京の都電の運行系統は51コースもあり、総延長は400キロを超え、
東京〜大阪の直線距離より長かった。それが、現在は荒川線(三ノ輪橋〜早稲田、)1本
(12キロ)を残すのみ。

 しかし、逆にいえば「よくぞ荒川線を残してくれた」とも思う。鬼子母神やとげぬき地蔵、
飛鳥山といった下町名所をいくつも結んで走るルートがこの路線。今や東京観光になくては
ならない乗り物となっている。都電側も「懐かし需要」に応え、正面の窓下にライトが1個だけ
(へそライト)で、大正時代に流行した側面の丸窓があるレトロカー9000形を平成19年に新造。

「都電全盛期を思い出す」として、乗客の人気を集めている。電停(バス停ではない)の新装も
その伝で行われ、昭和30年代を思わせる板塀に、薄い緑色の電停標識を配した。さらに
一部の車両では、運転室の仕切りに藍染めのノレンまで垂らしている。

 最後は、JRの廃止対象路線を一部路面電車に切り替えたら、乗客数が4倍も増加したと
いう富山市の「富山ライトレール」(富山駅北〜岩瀬浜)の痛快談で締めくくろう。富山県は
1世帯当たりのクルマ所有台数が1・64台で全国一(全国平均は1・07台)、マイカー通勤・
通学率も72%と、山形県に次ぐ全国2位。

 そんな土地柄で、赤字路線「富山港線」を平成18年にJRから引き継ぎ、古い車両や鉄道設備
すべてを近代化し、新時代の路面電車LRT(ライトレール・トランジットシステム)に生まれ変わらせる
という事業が行われた。

 「ホントに出来るのか」と思っていたが、乗客数は、JR時代末期(平成17年秋)に一日約1000〜
2000人まで落ち込んだものが、再生から2年で一日約4500人にまで増えた。現在は電車に
接続するバスのネットワークも拡充し、クルマに逸走した人々を呼び戻しつつある。
路面電車はいまアツイ。

文・写真/遠森 慶

電車
<写真左:日本最古の路面電車「箱館ハイカラ號(ごう)」/写真右:未来志向の路面電車「福井鉄道」>