伝説の初号機から最新モデル、そしてその変遷をたどる連載。
今回は特別編、スーパーカーブームの立役者であるランボルギーニだ。
同社の設立50 周年の節目にかつて憧れた名車の数々を振り返る!

■少年時代に憧れた伝説のスーパーカー
 読者にとって、最初のクルマの記憶はどのモデルだろうか。70年代初頭に生まれた筆者世代
にとって、明確に覚えているのが、70年代後半に巻き起こった、スーパーカーブームだ。
フェラーリ、ポルシェなど、多くのスーパーカーを間近で見られるイベントなども多く開催され、
日本中の少年たちが熱狂した。

 そのスーパーカーブームの中で、ひときわ輝いていたのがランボルギーニ社のカウンタックだ。
他とは一線を画す直線的なフォルム、圧倒的な車高の低さ、そして垂直に開くシザードア
(正式にはガルウィングじゃないんだって!)。その構造に心をとらわれた人も多かったはず。

 その後、ブームは収束するも、日本はバブル時代に突入。好景気により、憧れだった
フェラーリやポルシェを、普通に街角で見かけるようになった。しかし、ランボルギーニは
ある意味「スーパーカー」でありつづけた。

 その理由のひとつが車両価格だ。最も有名な「ランボルギーニ・カウンタックL P 4 0 0
( 1 9 7 4年)」は当時の価格で1750万円。公務員の初任給で現在と比較すると(約4倍の)
約7000万円。まさに都心一等地のマンションさえ買えてしまうほどの値段だったのだ。

 フェラーリやポルシェといった他のスーパーカーが比較的購入しやすいモデルを
ラインナップするなか(それでも1000万円前後はした!)、ランボルギーニの新車は常に4桁。
庶民に手の届く価格ではなかった。

 さらにもうひとつ、ランボルギーニが別格でありつづけた理由が、その出荷台数の少なさだ。
ランボルギーニが新モデルを発表すると、すぐに売り切れてしまう。一年以上先の製造予定分
まで完売なんてことも珍しくない。そしてコンセプトカーに至っては、数台しか作られないことも多い。
このため、希少価値が高まり、さらにプレミアが付いていった。

カウンタック他








■ランボルギーニの歴史を紐解いてみよう
 そもそもランボルギーニは、トラクターを製造していたフェルッチオ・ランボルギーニが
1963年にイタリアで設立した自動車メーカーだ。最初に発表したのが、64年の「3 5 0 GT」、
そして66年に、伝説の一台である「ミウラ」を発表。大排気量ミッドシップという構造や
フォルムはその後多くのメーカーに影響を与えた。

 そして1974年にとうとう「カウンタック」が登場する。最高時速は公称300キロ。
V型12気筒5・0ℓ超のモンスターエンジンを搭載するランボルギーニだけでなく、スーパーカー
すべての象徴と言えるモデルだった。「カウンタック」はその後1990年まで長く販売され、
その道を後継となる「ディアブロ」そして「ムルシエラゴ」に譲っていった。

 現在現役なのが、V12エンジンを採用するシザードアの「アヴェンタドール」と、V10エンジンを
採用する「ガヤルド」の2シリーズ、8モデル。そして今年になって、新たに2モデルが発表された。
ランボルギーニ社設立50周年を記念した限定モデル「ヴェネーノ」はボディすべてが
カーボンファイバー強化プラスチック製という驚きのモデル。製造台数はわずか3台のみで
その価格なんと300万ユーロ(約4億円)。ランボルギーニはどこまでも、あくまでも
スーパーカーであり続ける。

 そしてもう一台が、この5月にイタリアで開催されたのランボルギーニの50周年イベントで
お披露目された「エゴイスタ」だ。レーシングカーのような一人乗りスタイルとなっており、
コクピット自体もカスタムメイドでデザインできるという。こちらはあくまでコンセプトカーで
現在の所市販の予定はないという。

 60〜70年代生まれの読者なら誰もが一度は、スーパーカーに憧れたことがあるだろう。
ランボルギーニはその頃の憧れを今でも体現し続けている希有(けう)なメーカーである。
安全やエコという観点も大切だが、乗り物への憧れを喚起してくれるスーパーカーの持つ
「有無を言わさぬカッコよさ」に説明は不要。ランボルギーニの名車を見て改めてそう感じた。
ランボはいつ見ても最高だ!

文/コヤマ タカヒロ

ヴェネーノ他