小さい頃からお世話になっていて、何かあったらまずここで診てもらう。
映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に登場するような町医者の行う家庭医療が、今、見直されつつある。
この家庭医を地域の医療再生の柱として採り入れている病院があると聞き、九州に飛んだ。
■どんな健康問題も「専門外」と言わない
普段、我々は腹痛なら内科や消化器科、膝や腰などの問題なら整形外科というように、
それぞれの診療科で治療することが多い。その領域を専門的に学んだ医師がいるからだ。
この専門医の対極ともいえる存在が、家庭医だ。福岡市と北九州市の間にある飯塚市。
その近郊で、1万数千人の住民の健康を支えているのが、頴田(かいた)病院だ。
現在、9名の家庭医が診察にあたっている。
「我々が実践している家庭医のモデルは、古き良き時代の町医者です。赤ちゃん、お母さん、
お父さん、おばあちゃん、おじいちゃん関係なく、どんな健康問題も『専門外』と言わずに診る。
外来だけでなく、呼ばれれば往診もします」こう話すのは、家庭医療センター長の大杉泰弘医師。
聞くと、午前中の往診から帰ってきたばかりだという。
「日常では、簡単な外科治療や生活習慣病薬の処方といった内科的な診療はもちろん、
家族計画や妊婦の健康相談、乳児健診、予防接種、介護保険の申請、看取りなどもする。
『お産以外は全部、診療範囲』ですね」そんな大杉医師が重要視するのは、「患者個人だけでなく、
家庭にも重点を置く医療の提供」だ。
例えば、家に戻りたいという患者さんには、家族や職場、地域の人たち、看護師や
介護士といった専門職の協力を得ながら、訪問診療や訪問看護ができる環境を整える。
まさに名前通り、“家庭の”医療だ。
「病気の中には、症状の原因がある臓器だけでなく、背景にある問題を解決しなければならない
ケースも多い。我々は患者さんに起こった健康問題を、家族単位で捉(とら)え、診ていくのです」
ところで、家庭医といえば「かかりつけ」の開業医の存在を頭に思い浮かべる人も多いだろう。
実際、開業医が家庭医としての仕事も担うケースも多いが、課題がないわけではない。
それについて大杉医師は「勤務医だった専門医が開業しているため」と指摘する。
「昔と違って、今の開業医のほとんどは、もともと内科、整形外科、脳外科などのように、
何かしらの専門を持ち、それを活かした診療を行っています。家庭医として専門領域以外の
ことまで診るために、専門外の領域を努力と経験でカバーしてきたのです」
家庭医に求められるのは、新生児から老年期まで、男女問わず診ることができる知識、
また初期の病気や症状を見極めて治療し、あるいは根拠を持って専門医に紹介できる能力だ。
もちろん、内科や外科に限らず、皮膚科、整形外科、婦人科 眼科、耳鼻咽いん喉こう科など、
さまざまな診療科にも精通していなければならない。
「地域の人たちが安心して暮らすことができる。そのための医療を専門とするのが家庭医なのです」
■欧米ではすでに家庭医が地域を診る
一方、患者側からみた場合、何でも診てくれる医師というのは、非常にありがたい。「どこで
診てもらったらいいか分からない症状」でも受診先に迷うことがないし、自分の置かれた環境を
加味した健康アドバイスももらえる。健康維持という観点からも、家庭医の存在は不可欠だろう。
大杉医師によると、現時点では、家庭医を専門とする医師は多くないという。しかし、光明が
見えていないわけではない。厚生労働省が2017年に「総合診療医(総合医)」という専門医の
カテゴリーを設けることを予定しているからだ。近い将来、家庭医は現在ある18の専門医
(内科医、外科医、眼科医、小児科医など)に続く、19番目の専門医となる。
「アメリカやイギリスをはじめとする欧米では、すでに家庭医が存在し、地域医療、家庭医療を
担っています。今後、日本でも家庭医が地域のゲートキーパー(地域の健康問題に対し適切な
対処を行い、専門の機関へつなぐ役割を果たす人)的な存在になると考えています」(大杉医師)
50年以上の歴史があるアメリカでは、各家庭、あるいは個人にファミリードクター(家庭医)
がいて、健康上の問題が起こったら、まずそこで診てもらうのが一般的だ。その上で必要に
応じて専門医を紹介してもらう。医療システムが異なるので一概には比較できないが、今後、
わが国に家庭医が根付けば、医師不足問題や過疎地の医療のあり方が変わるかもしれない。
そもそも、こうした家庭医についての議論は、以前からあった。誕生が大幅に遅れたのは、
日本の医療システムや社会が家庭医を望まなかったところにある。大杉医師は言う。
「例えば、わが国では一般の医師より専門医に診てもらいたいと思う患者さんが多い。
カレーも出すそば屋のそばより、そばしか出さないそば屋のほうが美味(おい)しく感じる、
というのと同じです。そういう土壌が家庭医を育ちにくくさせていたのは、否めません」
医学の発達で検査や治療法は進化し、医療が細分化された今、専門のみを得意とする
開業医ではなく、ゲートキーパーの役割を担う家庭医が必要とされるのは言うまでもない。
家庭医が「病気ではなく人を診る全人的な医療」を最新の知見で行う新しいタイプの町医者に
なることを期待したい。
取材・文・写真/伊藤隼也 取材協力/山内リカ 協力/頴田病院 家庭医療センター
<超高齢化を迎えた日本。「これから家庭医の役割は大きくなる」と大杉医師は話す>
映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に登場するような町医者の行う家庭医療が、今、見直されつつある。
この家庭医を地域の医療再生の柱として採り入れている病院があると聞き、九州に飛んだ。
■どんな健康問題も「専門外」と言わない
普段、我々は腹痛なら内科や消化器科、膝や腰などの問題なら整形外科というように、
それぞれの診療科で治療することが多い。その領域を専門的に学んだ医師がいるからだ。
この専門医の対極ともいえる存在が、家庭医だ。福岡市と北九州市の間にある飯塚市。
その近郊で、1万数千人の住民の健康を支えているのが、頴田(かいた)病院だ。
現在、9名の家庭医が診察にあたっている。
「我々が実践している家庭医のモデルは、古き良き時代の町医者です。赤ちゃん、お母さん、
お父さん、おばあちゃん、おじいちゃん関係なく、どんな健康問題も『専門外』と言わずに診る。
外来だけでなく、呼ばれれば往診もします」こう話すのは、家庭医療センター長の大杉泰弘医師。
聞くと、午前中の往診から帰ってきたばかりだという。
「日常では、簡単な外科治療や生活習慣病薬の処方といった内科的な診療はもちろん、
家族計画や妊婦の健康相談、乳児健診、予防接種、介護保険の申請、看取りなどもする。
『お産以外は全部、診療範囲』ですね」そんな大杉医師が重要視するのは、「患者個人だけでなく、
家庭にも重点を置く医療の提供」だ。
例えば、家に戻りたいという患者さんには、家族や職場、地域の人たち、看護師や
介護士といった専門職の協力を得ながら、訪問診療や訪問看護ができる環境を整える。
まさに名前通り、“家庭の”医療だ。
「病気の中には、症状の原因がある臓器だけでなく、背景にある問題を解決しなければならない
ケースも多い。我々は患者さんに起こった健康問題を、家族単位で捉(とら)え、診ていくのです」
ところで、家庭医といえば「かかりつけ」の開業医の存在を頭に思い浮かべる人も多いだろう。
実際、開業医が家庭医としての仕事も担うケースも多いが、課題がないわけではない。
それについて大杉医師は「勤務医だった専門医が開業しているため」と指摘する。
「昔と違って、今の開業医のほとんどは、もともと内科、整形外科、脳外科などのように、
何かしらの専門を持ち、それを活かした診療を行っています。家庭医として専門領域以外の
ことまで診るために、専門外の領域を努力と経験でカバーしてきたのです」
家庭医に求められるのは、新生児から老年期まで、男女問わず診ることができる知識、
また初期の病気や症状を見極めて治療し、あるいは根拠を持って専門医に紹介できる能力だ。
もちろん、内科や外科に限らず、皮膚科、整形外科、婦人科 眼科、耳鼻咽いん喉こう科など、
さまざまな診療科にも精通していなければならない。
「地域の人たちが安心して暮らすことができる。そのための医療を専門とするのが家庭医なのです」
■欧米ではすでに家庭医が地域を診る
一方、患者側からみた場合、何でも診てくれる医師というのは、非常にありがたい。「どこで
診てもらったらいいか分からない症状」でも受診先に迷うことがないし、自分の置かれた環境を
加味した健康アドバイスももらえる。健康維持という観点からも、家庭医の存在は不可欠だろう。
大杉医師によると、現時点では、家庭医を専門とする医師は多くないという。しかし、光明が
見えていないわけではない。厚生労働省が2017年に「総合診療医(総合医)」という専門医の
カテゴリーを設けることを予定しているからだ。近い将来、家庭医は現在ある18の専門医
(内科医、外科医、眼科医、小児科医など)に続く、19番目の専門医となる。
「アメリカやイギリスをはじめとする欧米では、すでに家庭医が存在し、地域医療、家庭医療を
担っています。今後、日本でも家庭医が地域のゲートキーパー(地域の健康問題に対し適切な
対処を行い、専門の機関へつなぐ役割を果たす人)的な存在になると考えています」(大杉医師)
50年以上の歴史があるアメリカでは、各家庭、あるいは個人にファミリードクター(家庭医)
がいて、健康上の問題が起こったら、まずそこで診てもらうのが一般的だ。その上で必要に
応じて専門医を紹介してもらう。医療システムが異なるので一概には比較できないが、今後、
わが国に家庭医が根付けば、医師不足問題や過疎地の医療のあり方が変わるかもしれない。
そもそも、こうした家庭医についての議論は、以前からあった。誕生が大幅に遅れたのは、
日本の医療システムや社会が家庭医を望まなかったところにある。大杉医師は言う。
「例えば、わが国では一般の医師より専門医に診てもらいたいと思う患者さんが多い。
カレーも出すそば屋のそばより、そばしか出さないそば屋のほうが美味(おい)しく感じる、
というのと同じです。そういう土壌が家庭医を育ちにくくさせていたのは、否めません」
医学の発達で検査や治療法は進化し、医療が細分化された今、専門のみを得意とする
開業医ではなく、ゲートキーパーの役割を担う家庭医が必要とされるのは言うまでもない。
家庭医が「病気ではなく人を診る全人的な医療」を最新の知見で行う新しいタイプの町医者に
なることを期待したい。
取材・文・写真/伊藤隼也 取材協力/山内リカ 協力/頴田病院 家庭医療センター
<超高齢化を迎えた日本。「これから家庭医の役割は大きくなる」と大杉医師は話す>