寒い時期は、熱い風呂に入りたくなるのが人情というもの。家族や友だちと温泉に出かけるという人も
多いだろう。だが、「熱すぎる風呂は、時に命取りになる」と警鐘を鳴らす専門家がいる。入浴にひそむ
リスクについて話を聞いた。
「日本は他国に比べ、溺死者数が多い」という事実をご存じだろうか。WHOの死因統計によると、
日本の高齢者(65歳以上)の溺死者数は4000人超、45〜64歳のグループも1000人に迫る勢いだ
(2006年調べ)。
この場合「溺死」といっても、多いのは「家庭内溺死」、つまり入浴関連事故がほとんどだと言われて
いる。東京都での調査(東京救急協会2001年3月)によると、入浴関連事故は冬季に多く、12〜2月に
年間の約半数が発生している。また、全国の入浴中の急死者数は、年間約1万4000人と推計されて
いる。
急死の原因について、埼玉医科大学倉林均教授は「その多くが脳と心臓の急性疾患」だと指摘、
また「入浴関連事故が日本の文化と切り離せない」と言う。「『温泉』という文化に象徴されるように、
熱いお湯に入ることが体によい、という風潮が日本にはあります。たとえば、温泉に行ってお湯が
ぬるいとたいていの人はクレームをつけることでしょう。しかし入浴は日本固有の豊かで美しい文化
である反面、医学的な見地から見ると、毒を含むということが言えるのです」
■血液のドロドロ化と血圧の乱高下が命取り
真冬ともなると、温め効果を期待して、熱いお湯に入る人が多いだろう。しかし倉林氏は「熱すぎる
お湯は血管に大きな負担を与える」と言い、その原因を3点挙げる。
「湯温が高過ぎる場合、血管内皮の細胞の機能が障害を受けます。すると血栓を溶かす物質が
出にくくなり、血液が固まりやすくなってしまいます。2つ目は、温度が高いところでは血小板の働きが
活性化して凝集しやすくなります。3つ目は、入浴には利尿効果があり、汗をかいたりもして、血液が
濃縮され血液の粘度が上がってしまいます。この3つの理由で、脳と心臓のトラブルを引き起こすの
です」
倉林氏によると、湯温の高さだけでなく、冬場ならではの「温度差」も、脳や心臓の急性疾患の要因
だという。「冬場は、室温10℃以下の浴室から42 ℃のお湯に入るというケースもあるでしょう。その
温度差は、想像以上に身体に影響を与えています。自覚症状はないでしょうが、血圧が激しく変化する
わけです。血圧の急激な乱高下は血管に多大な負担を強いています。たとえば動脈硬化などで血管が
弱くなったり、細くなったり、蛇行している人の場合は、一気に血管が破けたり、逆に詰まってしまう
危険性があります。血管が詰まると脳梗塞、破れると脳出血というわけです。
もちろん、高血圧や低血圧など、血圧異常を抱える方、コレステロールや尿酸値やBMI値が高い方も
同様のリスクがあります」温度差の乱高下が、リスクの後押しをすると言うわけだ。では、何度以下の
お湯なら安全なのか。その基準値について、倉林氏は「42℃」と言う。
「ある実験で、47℃以上は完全に悪影響があるという結果が出ています。もっとも47℃という熱湯を
好む人は、なかなかいないでしょう。だいたい42℃を目安にしてほしいとお伝えしています。大切な
ことは、1〜2℃の細かな数値を気にすることではなく、脱衣所や浴室を暖房で温め、冷え切った体を
少しでも温めてから入浴することです」
■家庭での入浴より無理な温泉入浴はリスクが高い
倉林氏は、冬の温泉地での事故の多さも指摘する。その理由は「よくない原因が複合するから」だと
いう。「バスや電車で温泉地に移動するだけでも、人体には実は負荷がかかっています。血液粘度が
少し上がるというデータもあるほどです。また、温泉地では1日に数度の入浴や、飲酒してから入ると
いうこともあるでしょう。これがまたよくありません。お酒には利尿効果があり、血管が拡張して血圧が
低くなります。まさに、入浴の効果と同じ。効果が倍増しすぎて、かえって悪い影響が出る可能性が
高いです」
温泉の場合、成分によって保温効果が高くなることもある。「その場合、より血管が拡張して血圧が
下がります。たとえば硫化水素泉や炭酸泉は、より血管拡張作用が強いものです。もちろん適度な
血管拡張はよいことであり、高血圧の人は血圧が下がって好ましいのですが、繰り返し入浴したり、
長湯をすると必要以上に血圧が下がり、頭に行くべき血が減り、頭の血流が滞る。すると血液が固まり
やすくなってしまいます。温泉は本来健康的なものですが、入浴法を誤ると、命にかかわる恐れが
あります。温泉よりも入浴法に問題があります」
■突然死が冬に増える理由
最後に、倉林氏は「冬」という季節の特殊性についても触れた。「冬場はいろんな病気が起きやすい
シーズン。ただでさえ血管が収縮して、血圧が普段より高めになっています。だからこそ、血管を広げる
効果のある入浴が健康によいわけなのですが、何事も過ぎたるは及ばざるがごとし。体への負荷に
なっては本末転倒です。また、温度による人体への効用は42℃で頭打ち、というのが医学界の定説
です。医学的な効用の上乗せ効果は全くなく、副作用が増えるばかり。脳卒中や心筋梗塞リスクが
高まると覚えておいてください」
<国別にみた溺死者数>
取材・文/山守麻衣
多いだろう。だが、「熱すぎる風呂は、時に命取りになる」と警鐘を鳴らす専門家がいる。入浴にひそむ
リスクについて話を聞いた。
「日本は他国に比べ、溺死者数が多い」という事実をご存じだろうか。WHOの死因統計によると、
日本の高齢者(65歳以上)の溺死者数は4000人超、45〜64歳のグループも1000人に迫る勢いだ
(2006年調べ)。
この場合「溺死」といっても、多いのは「家庭内溺死」、つまり入浴関連事故がほとんどだと言われて
いる。東京都での調査(東京救急協会2001年3月)によると、入浴関連事故は冬季に多く、12〜2月に
年間の約半数が発生している。また、全国の入浴中の急死者数は、年間約1万4000人と推計されて
いる。
急死の原因について、埼玉医科大学倉林均教授は「その多くが脳と心臓の急性疾患」だと指摘、
また「入浴関連事故が日本の文化と切り離せない」と言う。「『温泉』という文化に象徴されるように、
熱いお湯に入ることが体によい、という風潮が日本にはあります。たとえば、温泉に行ってお湯が
ぬるいとたいていの人はクレームをつけることでしょう。しかし入浴は日本固有の豊かで美しい文化
である反面、医学的な見地から見ると、毒を含むということが言えるのです」
■血液のドロドロ化と血圧の乱高下が命取り
真冬ともなると、温め効果を期待して、熱いお湯に入る人が多いだろう。しかし倉林氏は「熱すぎる
お湯は血管に大きな負担を与える」と言い、その原因を3点挙げる。
「湯温が高過ぎる場合、血管内皮の細胞の機能が障害を受けます。すると血栓を溶かす物質が
出にくくなり、血液が固まりやすくなってしまいます。2つ目は、温度が高いところでは血小板の働きが
活性化して凝集しやすくなります。3つ目は、入浴には利尿効果があり、汗をかいたりもして、血液が
濃縮され血液の粘度が上がってしまいます。この3つの理由で、脳と心臓のトラブルを引き起こすの
です」
倉林氏によると、湯温の高さだけでなく、冬場ならではの「温度差」も、脳や心臓の急性疾患の要因
だという。「冬場は、室温10℃以下の浴室から42 ℃のお湯に入るというケースもあるでしょう。その
温度差は、想像以上に身体に影響を与えています。自覚症状はないでしょうが、血圧が激しく変化する
わけです。血圧の急激な乱高下は血管に多大な負担を強いています。たとえば動脈硬化などで血管が
弱くなったり、細くなったり、蛇行している人の場合は、一気に血管が破けたり、逆に詰まってしまう
危険性があります。血管が詰まると脳梗塞、破れると脳出血というわけです。
もちろん、高血圧や低血圧など、血圧異常を抱える方、コレステロールや尿酸値やBMI値が高い方も
同様のリスクがあります」温度差の乱高下が、リスクの後押しをすると言うわけだ。では、何度以下の
お湯なら安全なのか。その基準値について、倉林氏は「42℃」と言う。
「ある実験で、47℃以上は完全に悪影響があるという結果が出ています。もっとも47℃という熱湯を
好む人は、なかなかいないでしょう。だいたい42℃を目安にしてほしいとお伝えしています。大切な
ことは、1〜2℃の細かな数値を気にすることではなく、脱衣所や浴室を暖房で温め、冷え切った体を
少しでも温めてから入浴することです」
■家庭での入浴より無理な温泉入浴はリスクが高い
倉林氏は、冬の温泉地での事故の多さも指摘する。その理由は「よくない原因が複合するから」だと
いう。「バスや電車で温泉地に移動するだけでも、人体には実は負荷がかかっています。血液粘度が
少し上がるというデータもあるほどです。また、温泉地では1日に数度の入浴や、飲酒してから入ると
いうこともあるでしょう。これがまたよくありません。お酒には利尿効果があり、血管が拡張して血圧が
低くなります。まさに、入浴の効果と同じ。効果が倍増しすぎて、かえって悪い影響が出る可能性が
高いです」
温泉の場合、成分によって保温効果が高くなることもある。「その場合、より血管が拡張して血圧が
下がります。たとえば硫化水素泉や炭酸泉は、より血管拡張作用が強いものです。もちろん適度な
血管拡張はよいことであり、高血圧の人は血圧が下がって好ましいのですが、繰り返し入浴したり、
長湯をすると必要以上に血圧が下がり、頭に行くべき血が減り、頭の血流が滞る。すると血液が固まり
やすくなってしまいます。温泉は本来健康的なものですが、入浴法を誤ると、命にかかわる恐れが
あります。温泉よりも入浴法に問題があります」
■突然死が冬に増える理由
最後に、倉林氏は「冬」という季節の特殊性についても触れた。「冬場はいろんな病気が起きやすい
シーズン。ただでさえ血管が収縮して、血圧が普段より高めになっています。だからこそ、血管を広げる
効果のある入浴が健康によいわけなのですが、何事も過ぎたるは及ばざるがごとし。体への負荷に
なっては本末転倒です。また、温度による人体への効用は42℃で頭打ち、というのが医学界の定説
です。医学的な効用の上乗せ効果は全くなく、副作用が増えるばかり。脳卒中や心筋梗塞リスクが
高まると覚えておいてください」
<国別にみた溺死者数>
取材・文/山守麻衣