判断が難しい、酒の功罪。とくに医師の場合、患者には無条件に禁酒を進めるケースが多い。
だが、酒が原因ではない病気の人に禁酒を強要すると、寿命が短くなるケースもあるという。
専門家に話を聞いた。

 持病を抱えていたり、メタボや生活習慣病の予防をするという名目で、周囲から日頃の節制を
強いられている「酒飲み」は多いだろう。アルコール依存症や、飲酒にまつわるトラブルなどの
よからぬイメージから、「飲むときはこっそり」という人も多いはずだ。ともすれば「禁酒」自体が
ストレスになっている人もいるのではないか――。

 『酒飲みは酒をやめるとかえって早死にする』(主婦の友社)の著者である倉知美幸氏(NTT西日本
東海病院総合健診センタ長)は、そんな「禁酒を強要しがちな風潮」に疑問を投げかけている。
「実は、『酒飲み』は酒をやめるとかえって早死にするリスクが高まります。患者のためによかれと
思った厳格な禁酒指導が、残念なことに裏目に出る悲劇もあるのです」(倉知氏)

■もともとの酒飲みは、禁酒で死亡率が1・5倍に
 倉知氏は「酒飲みが禁酒で早死にする」という説を裏付けるデータを提示してくれた。もともと
飲まない人、軽度に飲む人、飲酒習慣があったが禁酒した人、という3グループに分けて、その後
10年間の死亡率を調べたところ、軽度に飲む人の死亡率を1とした場合、男性でもともと飲まない人の
死亡率は1・28倍、禁酒した人は1・46倍。女性の場合は、もともと飲まない人の死亡率は1で
同じだが、禁酒をした人は1・47倍になるという。

 「禁酒をすると、男女ともに死亡率が約1・5倍に増加するということがいえます。とくに女性で
禁酒した人は、心疾患で亡くなる率が2・29倍にも上ります。その理由は、『飲酒で解消されていた
ストレスがたまってしまい、病気になりやすくなった』。また『適度なお酒は動脈硬化を予防し、
脳卒中や心筋梗塞のリスクを減らすのに、禁酒をするとその恩恵を受けられなくなるから』と
考えられます。とくに女性で心疾患が多いのは、男性以上にストレス解消という意味合いで飲酒を
するパターンが多いのではないかと推察されています」(同前)

 倉知氏によると、実は「酒の飲み過ぎ」よりもストレスのほうがコワい存在であるという。甘く
見ていると、胃潰瘍や円形脱毛症などはもとより、感染症やがんなどを引き起こすリスクがあると
警鐘を鳴らす。

■酒の害よりコワいのはストレス
 「たとえば嫌な上司と毎日顔を合わせる環境にいると、ストレス状態は長く続き、それに伴って
脳からの命令でホルモンが出続け、血圧や心拍数、血流量などのコントロールが乱れます。血圧や
心拍数の上昇が続くと高血圧に。胃腸の血流が減少したままだと胃潰瘍など、いろいろな不調の原因
となるのです」(同前)しかし、いくらストレスを減らすことを心がけても、たまってしまうのがストレスの常。

 そして日常のストレス解消に適しているのは、数ある手段のなかでもやはり「飲酒」なのだという。
「ストレスで緊張状態になっている大脳や脳幹を鎮めるためには、趣味やスポーツ、睡眠、おしゃべり
などがよいとよくいわれます。お酒を飲むのも効果的です。その理由は、アルコールが血管をめぐって
脳に達し、理性をつかさどる大脳新皮質をマヒさせ、理性の下に押し込められて窮屈な思いをしている
本能を解放してくれるから。これが『酔う』というメカニズムで、このように理性を解放してくれるのは、
実はアルコールにしかできない役割なのです」(同前)

 また、アルコールが脳に入ると、脳下垂体からはエンドルフィンやセロトニンが放出される効果も
あるという。「エンドルフィンは、ドーパミンとともに気分を高揚させ、楽しい気分にさせてくれる
物質です。セロトニンは、気持ちを落ち着かせて、不安や恐怖を抑制してくれ、ストレス解消に一役
買っています。こうした効果は実は、趣味やスポーツに打ち込んだり、音楽を聞いたり、おいしいものを
食べたりといったことでも得ることができます。

 ですが、忙しい平日に運動などの時間を確保するのは、なかなか難しいのではないでしょうか。
その点、お酒は食事とともに飲んだり、手軽に摂取できるため、多忙なビジネスマンがもっとも
実践しやすいストレス解消法なのです」(同前)

■飲酒するなら「適量」が何より肝心
 今までお酒の効用についてみてきたが、倉知氏は「適量飲酒を心がけてほしい」とも説いている。
「適量の目安は、純アルコールに換算すると男性で1日40グラムくらいまで、女性で30グラムまでです。
大まかに言えば日本酒2合、またはビール中瓶2本、ウィスキーダブル2杯です。ただしこの適量は
あくまでお酒に強い人の場合です」お酒に弱い人が飲み過ぎた場合、がんや肝臓病のリスクが高まる
ため、先に述べた量の半分くらいが適量だという。

 最後に、驚くべきデータを紹介しておこう。酒に強い、弱いにかかわらず、「飲む量が増えるほど
心筋梗塞のリスクが低くなる」という報告がある。飲酒する習慣のある人間が禁酒すると、心筋梗塞の
リスクがなんと1・6倍にはね上がるというのだ。アルコールとは、「健康のために上手に利用する」
という気持ちで付き合えばよいのかもしれない。

取材・文/山守麻衣

禁酒

<飲酒習慣と死亡率の関係>