歯周病は単なる口の中の病気ではなく、脳卒中や心疾患、がんなど致命的な病気の引き金に
なるという。「歯周病被害は全身に及ぶ。まさしく“口は災いのもと”」と警告する専門家に話を
聞いた。

 日本人の成人の実に8割がかかっているといわれる歯周病。「日本人の約96%が毎日歯を磨き、
1日2回以上歯を磨く人は50%以上」。そんなデータもあるほど“歯磨き先進国”の日本だが、
自己流のブラッシングだけでは細菌の塊であるプラーク歯垢(しこう))が取り切れず、
歯周病を発症させてしまうといわれている。

 歯周病とは、歯肉、歯根膜、セメント質といった歯の周りの組織に起こる病気で、
〇肉にだけ炎症が起こる歯肉炎 ∋肉を含めた組織全体が破壊される歯周炎とに
大きく分けられる。進行すると「血や膿が出て歯槽膿漏(しそうのうろう)、歯を支えている骨が溶け、
歯が抜ける」というのがお決まりのシナリオで、中高年が歯を失う最も多い原因とされている。
しかし、歯の喪失以上に注目すべき恐ろしいリスクが、近年解明されつつあるという。

■歯周病菌は、全身を冒す「静かな殺し屋」
 テレビの健康番組でもおなじみ、伊藤公一教授(日本大学歯学部・日本歯周病学会前理事長)は、
歯周病の恐ろしさをこう説明する。「歯周病が困るのは、歯茎(しけい)『歯ぐき』の炎症部分から
歯周病菌、その毒素や炎症物質が血管に入り全身を巡ることで、各所で“悪さ”をすることです。

 諸悪の根源は、歯周病菌と炎症物質です。これが頭の血管を傷つければ脳卒中を促進させ、
心臓の血管で流れを阻害すれば心筋梗塞の一因となる。肺に入れば誤嚥(ごえん)性肺炎を
引き起こす。妊婦の子宮を刺激し、陣痛を促して早産を招く。ほかにも、糖尿病患者のインスリンの
働きを邪魔して悪化させたり、いわば“本拠地”である口の中の細胞に働きかけて、口腔がんを
発症させたりもします。このように歯周病菌と炎症物質の悪行は枚挙にいとまがありません。

 いつどこで“爆発”するかわからない、いわば血流にのる“時限爆弾”なのです」(伊藤教授)
早く気づけば症状の悪化は食い止めやすいが、初期段階では痛みの自覚症状がないため、
早期発見は難しい。歯周病には「サイレント・キラー(静かな殺し屋)」という別名もあるほどだ。

 歯茎から血が出るレベルでも痛みはないというから、その沈黙ぶりは相当なものといえる。
しかし「痛みがない」ということはラッキーなように見えるが、本当はリスクに拍車をかけるということ
なのだ。


歯磨き回数とがんリスクの相関
歯周病

調査した人の歯磨き習慣を「磨かない」「1日1回」「1日2回以上」に分けて、口腔から食道に
かけて発症するがんのリスクを調査。「1日1回」の人を1にしたときのリスクを示した。
(データ:愛知県がんセンター研究所 佐藤・松尾ほか)


■歯周病に一度かかれば一生添い遂げる覚悟が
 同教授は、さらに衝撃的な事実を教えてくれた。なんと、歯周病には速効性のある治療法が
存在しないのだという。「口の中には約500種類もの菌がいるというのが定説です。その中でも
歯周病菌とされるのは、実は7種類もあります。種類の特定は難しく、かつ治療法が異なるため、
治療は大変やっかいです。何回か通院すれば完治する、という性質の病気ではないのです。

 適切かつ合理的な歯周治療をベースに、患者さんと歯科医師との協同作業でプラーク中の細菌を
減少させていくという長期的な治療しかありません。また、歯磨きの習慣や食生活を改善しないと
再発しやすいのも泣きどころです」(同前)

■歯周病の恐ろしさが伝わりにくい理由
 このように治りにくく、命を落としかねない歯周病だが、その恐ろしさに反して、一般的な認知は
まだまだ進んでいないように見える。その原因を、同教授は「因果関係を検証しにくいこと」と指摘する。

 「そもそも『口の中の菌が全身疾患のもとになりうる』という考え方を『歯性病巣感染説』と呼びます。
古くは1910年代から提唱され、学問の進歩発展に伴い1990年代から再び重視され始めました。
歯周病と全身疾患との相関関係を証明するには、全身疾患の患者の歯周病の状態を疫学的に
調査して、どの程度の割合、危険率で歯周病が関与しているかを調べればよいのでしょう。

 ですが、医療の全分野が連携しての調査というのは、現実的には難しいことです。歯科以外の
医療関係者の中には、『歯性病巣感染説』に批判的な人も多数います。呼吸器疾患と糖尿病に
関しては、歯周病の治療が発生率の低下や症状の改善に効果が見られたとする報告もありますが、
心疾患や早産・未熟児については、まだ解明されていない部分もあります」(伊藤教授)日本人の
誰もが歯周病の甚大な害を認識するまでには時間がかかりそうだ。しかし、あなたに襲いかかる
歯周病のリスクは待ってはくれない。さっそく、歯磨きの方法を見直すことからおすすめしたい。