実はここに写っているものは全部「食品サンプル」。近年より本物に近づき、最近では海外からも注目される「食品サンプル」の世界を覗く。

「食品サンプル」トビラ










■工場というよりも“アート空間”
「若いころの夢は漫画家か画家。いや、夢というより、『自分は漫画家になるものなんだ』と、それくらいのことを考えていましたね」
 横浜市にある株式会社岩崎のビーアイファクトリー工場長・寺島貞喜氏は、自分の来歴についてそんな風に語った。岩崎は、レストランの店頭などに置かれる、いわゆる“食品サンプル”を作る会社。主力工場のひとつであるビーアイファクトリーでは、日々本物と見紛うばかりのサンプルが生産されている。
 どの世界でも技術は日進月歩。食品サンプルの世界でも、本物の食べ物の再現度は限りなく向上している。
「特にサンプルの原材料が、ロウからビニールに完全に置き換わってきたことが大きい。熱や衝撃への耐性が強いのはもちろん、表面のデコボコ感などをよりリアルに表現できるようになりました」(寺島氏)
 ただ食品サンプルの製造工程自体は、昔からほぼ変わっていない。本物の食べ物をシリコン(昔は寒天)で型取りし、細部の表現を調整しながら、着色していく。基本的にすべて手作業。
「その意味では、うちは製造業というより、“感覚の世界”で勝負している会社なのかもしれません」(同)
 岩崎が作る食品サンプルは、ほとんどがオーダーメイドの一品物。製造現場では従業員たちが、発注者であるレストランなどから出された要望書をかたわらに、“たった一つの作品”と真剣に向き合っている。確かに“規格品の大量生産”という意味での“製造業”ではなく、岩崎の社内に漂う空気は“アートな空間”のものだ。

■「とことん忠実に再現する」職人の技術と努力が光る
 顧客の要望は、一貫して高いものになり続けている。
「昔は冗談交じりに、『実際に出してる料理よりも美味しそうに作ってよ』『量も大盛りにしておいて』といったお客さんもいたのですが、最近はほぼない。とことん忠実な再現が求められる傾向にあります」(同)
 なかには完成したサンプルを、「これでは私の味が表現されていない」と返品してくる顧客もいるという。
「一口に“美味しそうに作る”と言っても、お客さんによってそのツボは全然違う。簡単ではないですよ。そのためにはやはり、日々こちらの感性を磨いていかないと」(同)
 まさに“アートな世界”そのものに生きる人の言だ。
 岩崎はこの時代においても、生産拠点を海外に移すようなことはしていない。
「郊外に工場を置くでもなく、首都圏で生産を続けているというのは、経営コストの観点から見ればかなり厳しい。しかし私たちはただモノを作ればいいという企業ではない。常にお客さんの声に近いところにいて、その要望を形にし続けるのが仕事です。だから、この街中でもの作りを続けていく使命があるのです」(同)
 日本の外食産業を支えるのは、まさにこうした“アーティスト”たちなのであった。

取材・文/小川寛大  撮影/高木あつ子
(『宝島』2015年5月号より)


「食品サンプル」ピザ
<本物の「ピザ」作りと似たような光景>